罠|雨宿りで入った小屋は”異様”だった【サスペンス短編】

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こんにちは、松波慶次です。

サスペンス×ショートストーリー『罠』の小説と朗読動画を載せています。

普段の朗読動画は、ストーリー柄、BGMを多く入れているのですが、本作は「曲」というより「音」を入れて物語を表しています。

ぜひ朗読動画もご視聴ください!

目次

あらすじ

ジョギングをしていると雨が降り始め、すぐに土砂降りになった。

たまたま見かけた小屋で雨宿りをさせてもらうことにして、本棚に置かれたノートを何気なく開いてみたら、「誘拐された者の日記」が書かれていたーー。

異様な小屋と異常な日記……早くここを出なければ!

小説『罠』

文字数:約5000字

 いつものコースを走っていたら生い茂ってる木でわからなかった横道があることに気付いた。ちょうど汗が目に入って一瞬立ち止まったから枝葉の先に見える土道を視界が捉えた。

 ほんの好奇心だった。同じコースに飽きていたのもあったかもしれない。灰色の空がいまかいまかと雨を降らせようとしているのを感じながらも、日常とは違うコースに引き寄せられた。

 軽自動車一台なら通れそうな細い土道を進む。両側には相変わらず木、木、木……。俺のジョギングコースが山の麓だから仕方ない。

 それにしてもどこまで続くのか。くねくねと曲がる一本道のゴールは見えない。ゴロゴロと雷の音も聞こえ始めた。そろそろ引き返すか? ここを抜けたら見慣れた道に出るかもしれない。

 引き返す、いや行く。俺のなかで押し問答が起きながらも、気持ちいい走りに高揚としていたから踵を返すことなく走り続けた。

 頬になにかあたる。軽い。雨が降り始めた。

 さすがに雨のなか走りたくはない。引き返して全速力で帰ろうとしたとき、全部の雨粒が俺目掛けて飛んできたんじゃないかと思うほど頭上から強い衝撃を受けた。

 小雨がぱらつく時間が切り取られたように突然土砂降りと化した雨から逃れようと辺りを見回す。せめて枝葉の多い木の下に避難したかった。

「くそっ!」

 つい悪態が漏れる。上げた腕で簡易的な庇を作り白くぼやけながら爆撃のような音を響かせる世界のなかで視界の端に捉えたのは小さな建物だった。

 一瞬にしてぬかるんだ道にどっぷりと足跡を付けながら、転ばないように建物に向かって走る。道から外れ、背の高い草のなかに放置されたようなそれは小屋だった。庇はない。

 すぐそばには俺の横幅を超えるほどの太い木もあったが、少し朽ちているのかほかの木と比べて葉は少ないし枝も細い。それにいまにも倒れそうなほど傾いている。とてもじゃないが雨宿りなんてできない。もたもたしてたら倒れてきて潰されるかも。

 ほんの一瞬で結論を出して小屋に飛びつく。

「すみません! 誰かいませんか⁉」

 お世辞にもキレイとはいえない木造の小屋のドアを思いきり叩きながら雨にかき消されないように大声で叫ぶ。返事はない。こういう場所だ。倉庫代わりに使ってるくらいで、普段はいないのだろう。

 もう全身ずぶ濡れだった。髪も服も身体に張り付き、口を開けば大量の雨粒が入り込む。ジョギング中はスマートフォンを持たない。それだけは救いだったが、地上にいるのに溺れそうだった。外にはいられない。

 ドアのノブを回してみる。回った。少し押すと開いた。

「すみません! 入ります!」

 大声で宣告してから小屋のなかに入る。真っ暗。手探りでドアの横の壁を探ってみる。指に見知った感覚。スイッチを入れると天井からぶら下がっていた裸電球に灯りがついた。

 誰もいない。予想していた通りだが、無断で人の建物に入るのは初めてだ。

 そわそわとしながらも、少しだけ雨宿りさせてもらうことにする。天気予報じゃ一時的に強い雨が降るかもといっていた。たまたまいまが当たっただけ。少ししたら止むだろう。

 小屋には窓がないから外の様子はわからない。雨音は少し遠くなったが、屋根や壁に銃弾が打ち込まれてるような激しい音は響いている。

 俺の足元を中心に、床に大きな水溜まりができた。木を打ちっぱなしの床には土や乾いた泥のようなものがついていて、幸い土足でも問題ないようだ。家主に会ったら理由を説明して、きちんと掃除させてもらおう。

 肌に張り付く服が気持ち悪い。走って温まった身体の熱を奪っていく。

 邪魔になるのがいやでタオル代わりに汗を拭えるよう長袖シャツを着ている。ピッタリとくっつくシャツを脱ぎ、上半身裸のまま小屋のドアを開けた。雨音が激しくなり、小屋のなかに雨が吹き込む。

 急いでシャツを絞り水分を抜くとドアを閉めた。

 シャツは少しだけ軽くなったが、まだ着る気にはなれない。シワのついたシャツで身体の表面の水分を拭き取り、熱の放出を防ぐ。6月で夏が近づいてるといったって、濡れたままでは冷える。

 拭き終わり、小屋のなかを見回す。十畳ほどの空間に収められた家具は質素だった。

 裸電球。本棚。デスクとイス。アヒルの置物……アヒルの置物? ロフトもあるようだ、ハシゴがついている。寝泊まりするのだろうか? ほかに目ぼしいものはない。農具や狩猟用の罠、もしくはマウンテンバイクとか、趣味のものが置いてあるかと思っていた。

 アヒルの置物に近づく。床がミシミシと鳴る。体重で板を踏み抜くことはなさそうだが、あまり丈夫ではなさそうだ。アヒルの背中には広い穴が空いている。オマルか? 使わなくなったものを置いてるのかも。

 並んでいるデスクと本棚を見てみる。どっちも木がささくれていた。デスクにはペンが一本転がっている。こんなデスクで書いたら、腕に飛び出た木片が刺さって痛そうだ。

 本棚にはノートが並べられていた。本や雑誌はない。

 なんとなくノートを一冊手に取り開いてみた。

〈日記を書けと言われた。書かなきゃ殺すと。内容はなんでもいいらしい〉

 咄嗟にノートから手を離した。バサっと床に落ちる。殺す? どういうことだ?

 シャツを着る。落ち着こうとしたのか何かから身を守ろうとしたのかわからない。とりあえず着ておきたかった。

 ノートを拾う。無意識にゆっくりになった。

 もう一度開く。

〈突然攫われて監禁されたやつの気持ちが知りたいらしい。なんだこの男は狂ってやがる! 俺の日記を見て笑った。狂ってるはこいつにとって褒め言葉らしい。こいつは自分が満足するまで俺が日記を書き続けるのを見てる。つまり満足するまでは書かなきゃならない。死にたくない。ムカつくが書かないと〉

 震える字。ところどころシミのようなものがついている。汗か?

 いや待てよ。これは小説かもしれない。この小屋の主がここにこもって小説を書いてるのかも。ドキュメンタリー風な小説とか。

 ページをめくる。

〈仕事帰り。いつもの道を歩いていたら突然頭が痛くなって、気づいたらこの小屋にいた。たんこぶができてて、俺は殴られたんだと気づいた。ドアは開かないし窓はないし、電気がつくのが救いだった。ドアが開いたと思ったら銃みたいなものを持ったこいつがいたんだ。ゆっくり中に入って手に持っていた袋を放る。袋の中身を見ろというから拾って見てみると、ペットボトル一本と紙袋がひとつ。ペットボトルの中身は緑色の藻みたいなのが浮いた水だ。紙袋を開いたら虫。死んだコオロギやカブトムシの幼虫だった。驚いて放ったら食事だといって出て行った。鍵もかけられた。ふざけんなよ。食えるわけない〉

 胃が締め付けられた。なるべく想像しないようにしながらページを捲る。

〈男はいつも外が真っ暗なときにやってくる。スマホも時計も取り上げられてるから時間がわからない。腹は減ったが虫は食べなかった。水も飲みたくなかったが頭が回らなくなったから少しだけ飲んだ。苦い感じがして、そしたら腹を下した。部屋にオマルがあるのには最初から気付いていた。オマルにクソをする。トイレットペーパーはないからこのノートを数ページ破って尻を拭いた。痛かった。男がやってきて、手錠を差し出した。ハシゴと俺の手をつなげと。また銃みたいなのを持ってたから言う通りにした。手錠がしっかりはまってるのを確認したあと俺のクソと紙が入ったオマルを持って外に出て行って、少しして戻ってきた。中身を捨てただけのようで、クソのあとは残ってる。臭い。俺はペットなのか?〉

 あのオマル。

 オマルを見てみると、さっきは気づかなかったが、穴のなかに茶色い土みたいなのがついていた。

 頭のどこかではわかっていた。これは小説じゃない。ここで小説を書くにしては、この小屋は異様すぎる。

 ここで〈飼われてた人間〉がいたんだ。

〈やつは気分で来ない日もある。その日は日記を書かされることもないが、何もできない。どこかから出られないか探ってみても、穴ひとつない。辛い〉

〈いつまでも何も口にしない俺に痺れを切らしたのか、男は干からびた幼虫を掴むと手錠に繋がれ動けない俺の口に押し込んだ。グミみたいな食感に苦味のある液体が広がる。吐き出したかったが口を抑えられて飲み込むしかなかった。いまもこれを書く横で男が見ている。薄ら笑いを浮かべてやがる。気持ち悪い。帰りたい〉

〈何日も風呂に入ってないから、頭も体もかゆい。腹が減りすぎて、自分で虫を食べるようになった。虫も水も、持ってくる量が減った。力が入らない〉

〈美枝子に会いたい。さゆりに会いたい。ハワイ旅行連れてけなくてごめん。約束も守れない夫で、父親で、ごめん〉

〈男がロープと薬を渡してきた。どっちでもいいみたいだ。首吊りは意外と苦しくないと聞いたことがある。そういえば、ハシゴに妙な跡があると思っていたんだ。そっか、これか。それにしても、結局こいつは何がしたかったんだろう〉

 次のページは白紙だった。

 鼓動が早まる心臓を抑えるために落ち着こうと思っても無理だった。背筋が冷たくなる。

 他のノートをめくる。違う筆跡。書かれてることはどれも似ていた。

 異常な男に突然連れてこられたこと。男の異常性。日記の強要。虫と汚水。オマルへの排泄。直接暴力を振るわれるわけじゃない。監禁状態と栄養不足に徐々に消耗する人間に、最後に渡されるロープと薬。

 この人たちは、もうーー。

 突然地響きのような大きな音がして、小屋が揺れた。思わず顔を上げる。

 小屋は変わりない。音は外から聞こえた。

 外に出ようとしたが、ドアは数センチ開いて押せなくなった。何かにぶつかっている。隙間から覗くと、雨に打たれる茶色い物体があった。

 木だ! 小屋のすぐ脇にあった、朽ちていた木。なんでこのタイミングで倒れるんだ!

 全身でドアを押す。隙間は広がらない。雨は入り込んでくる。一旦閉めた。

 狂った人殺しががいつやってくるかわからないこんな小屋にいられない!

 ただドアはびくともしない。押し続ければ俺の体力がなくなる。男がそのタイミングで来たら? 簡単に殺されるかもしれない。そもそも本当に来るのか? 日記には日付が書かれていないからいつの日記かもわからない。もし誰も来なければ俺はここに閉じ込められた人たちと同じように衰弱していつか死ぬ。待てよ、会社の人が無断欠勤する俺を不思議に思って捜索願いを……いや、そんな悠長なことをいってられない! 人殺しが来るかもしれないんだから!

 小屋から出る。この場から逃げる。頭のなかをいろんな考えがぐるぐる回るなか、片っ端からノートを開いて読んでいく。

 何かヒントがあるかもしれない。秘密の抜け道とか、隠された窓とか。あるわけない! だったらここにいた人たちは殺されなかった!

 落ち着け落ち着け落ち着け。大丈夫だ。いまできることは、ドアを少しずつでも押して木をどかすこと。

 ノートを閉じようとしたとき、小学生が書いたようなバランスの悪い字が目に留まった。

〈人を閉じ込めるのに飽きた。今度は、閉じ込められるやつの気分を味わいたくなった。ここで生活することにする〉

 頭の血が急激に下がるのを感じた。脚に力を込め、ノートを握り直す。

〈小屋のなかから鍵はかけられない。食事は同じ。虫をとるときと切り株に溜まった水を補充するとき、オマルの中身を捨てるときだけ外に出る。あとは小屋のなかで過ごして、いまの気持ちを日記に綴るだけ。これはこれで楽しいけど、簡単に外に出られる状況は気に喰わない。床がもろくなってる〉

 こいつはこの小屋で生活していた! なんだよ、閉じ込められるやつの気分を味わいたいって。

 この日記はいつ書かれた? たまたま外に出ているだけだったらそのうち戻ってくるかもしれない。

 やっぱ早く外に出なきゃ! 床。確かにもろい。歩くとギシギシする。でも床をはがしても外には出られない。壁は? 木でできてる。もしかしたらこっちも脆くなってるかもしれない!

 壁を拳で殴る。じんじんと痛みが走るだけ。何度も殴る。壊れろ! 壊れろ! 壊れろ! そうだ、イス。オマルでもいい。何か物で殴ってみよう!

 振り上げやすいイスをとろうとしたとき、ノートを落とした。

 見開かれたノート。小学生みたいな字。

〈閉塞感がある。監禁されてるみたいだ。いい場所を見つけた。普段は床下にいることにした〉

 背後からみしりと軋んだ音がした。

朗読動画『罠』

動画時間:約17分

あとがき

雨、結構好きです。もちろん、お出かけするときに雨が降ると、髪や持ち物が濡れるし、行く場所も限られるし、カサは荷物になるしで残念なことも多いのですが、雨の音や匂い、雨の日そのものが「いいな」と感じることも多い。

雨が降ったら降ったで、読書やカラオケなど、室内で遊べることを満喫すればいいだけのこと。気分的に、雨の日であれば室内にこもっていても罪悪感がないといいますか、「せっかくのいい天気なんだから外出なきゃ!」という焦りや勿体ない感が湧きづらいです。

たまには雨に濡れるというのも、なんだか楽しいですしね。

最後までご覧いただきありがとうございました。ほかの著作もぜひご覧ください(^^)

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