こんにちは、松波慶次です。
いままで、短文ホラー集「カイダンク」を載せてきましたが、今度は小説を掲載しました。
といいましても、こちらも小説投稿サイト「エブリスタ」に投稿していた作品です。
2018年4月7日に執筆。
……2年前か。原文そのままです。
自分の執筆記録、成長記録として残しておきたい目的もあるので。
タイトル「背中合わせのデュエット」
ヒューマンドラマです。ご覧ください。
背中合わせのデュエット
私は昔から歌が好きだった。
特に、演歌。友達からは婆婆くさいと言われはしたが、好きなものは好きなのだ。
しかも、それをお風呂で歌うことが好きだ。
お風呂は天然のマイクである。
特別上手いわけではないが、お風呂で歌うことは私に心地よい高揚感を与えてくれた。
いつものようにお風呂で歌を歌っていると、どこからか音が聞こえてきた。
私は歌うのをやめ、耳をそばだてる。水音も立てないように注意していると、その音は歌であることが分かり、外から聞こえていることも分かった。
普段閉めている、風呂場の窓を開けてみる。
庭の垣根ではっきりとは見えないが、隣の家の、明かりの灯る窓がすぐ近くにあった。
そこから、年配の男の人が意気揚々と歌う声が聞こえる。
隣に、おじいさんが住んでいたんだ。
朝の通学時と夕方の帰宅時、よく花の手入れのために外に出ている、おばさんの存在しか知らなかった。
おばさんには挨拶くらいはしている。
そのおばさんの、お父さんだろうか?
何はともあれ、とても楽しそうに歌っている。
しかも、その歌が私の大好きな演歌だった。
ついつい、私も窓を開けたまま口ずさむ。
一瞬、おじいさんの歌が止んだ。
やばい、邪魔しちゃった!
焦って、窓を閉めようとしたとき、再びおじいさんの歌が流れ始めた。
何となく、さっきより声量が上がった気がする。
私は、遠慮がちに歌を合わせてみる。今度は、おじいさんの歌が止むことはなかった。
それから、おじいさんとのお風呂場デュエットが始まった。
開催は、週に三日ほど。おじいさんと入浴のタイミングが合ったとき。デュエットするのは、二、三曲。
おじいさんと私の趣味は合うようで、どちらかが歌い出すと必ず歌が合わせられる。
名前も顔も知らない相手だったが、演歌好きが周りにいない私にとっては、とても楽しい日々だった。
そんな日々が二ヶ月ほど過ぎた頃。
おじいさんは突然いなくなってしまった。
お風呂で歌っていても、おじいさんの歌が聴こえない。何日経っても、私とデュエットする声は聴こえなかった。
それから数年が経った。
私はある日、学生限定で行われた、老人ホームのボランティア活動に参加した。
老人ホームの中は勿論だがご高齢の方ばかりで、寝たきりや、会話もできない方もいた。
そんな方々の身体をマッサージしたり、拭いてあげたりしていたら、演歌が流れてきた。
どうやら、その老人ホームでは音楽の時間を設けているらしく、演歌を流してみんなで歌おうというものだった。
老人ホームの職員の方が歌う。ご高齢の方々も、歌える方は歌っていた。
ボランティアに参加している私たちは、若いということもあり歌っている人は誰もいなかった。
私は歌えたが、若い人の中で一人だけ歌うということに抵抗があり、他の人たちと同じように微笑みながら手拍子をしているだけだった。
手拍子をしていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
他の人の声に混ざってはいたが、その声だけは妙にはっきりと私の耳に入ってきて、私は声の主に向かって歩き出す。
手拍子を止め突然ふらふらと歩き出す私を、みんな怪訝そうに見つめはしたが、止めようとする人はいなかった。
声の主は、車椅子にぐったりと身体を預けているおじいさんだった。
目を瞑り、まるで眠っているようだったが、その口は小さく動き、弱々しい声で歌っていた。
私はおじいさんの隣にしゃがみ、車椅子に手を掛ける。
そして、歌った。おじいさんに聞こえるように。
おじいさんは一瞬、歌うことを止めた。私は、今度は歌うことを止めなかった。
おじいさんが歌の続きを歌い出す。私の歌とおじいさんの歌が重なった。
懐かしい記憶が蘇る。あの楽しかった日々を。
一曲、歌い終わった。
すると、おじいさんがゆっくりと目を開いた。あまり思うように開かないのか、薄く開いたまま私の方へ顔を向ける。
にこっと、微笑んでくれた。歯がもうほとんどない口を開いて。目元に、優しさを湛えて。
「おじいさん、ありがとう」
なぜかは分からない。だけど、涙が溢れ出てきた。
おじいさんが手を伸ばす。ふるふると震えながら。
私はその手を、両手でしっかりと握る。
とても温かくて、心地よい手だった。
あとがき
確かこれ、「お風呂」をテーマにしたエブリスタ内のコンテストのために書いたんだよなぁ。
「女の子とおじいさんがお風呂を通して心も通わせる話にしよう」と大まかなプロットがパッと浮かんで、ほのぼの、だけどちょっと切ない感じで書きました。
今後も色々なジャンルの、他の作品も掲載していこうと思っていますので、楽しみに。