思い出の味フルコース|料理ごとの”思い出”は誰のもの?【ホラー】

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こんにちは、松波慶次です。

ホラー×ショートストーリー『思い出の味フルコース』の小説と朗読動画を載せています。

小説と朗読動画、「あとがき」と「あとごえ」は違うことを話しているので、ぜひ両方お楽しみください(^^)

目次

あらすじ

ふと立ち寄った一軒の店。

メニューはコース料理のみ。注文すると、卵焼き、うなぎなどコース料理にしては変わった料理が運ばれてきた。

変わっているのは、店主の料理の説明も……その意味とは?

小説『思い出の味フルコース』

文字数:約2500字

いらっしゃいませ。当店は初めてですか? えぇ、そうでしょう。こんな路地裏にある小さな店、なかなか気付かれませんからね。お席にご案内します。どうぞこちらへ。

いまお水とおしぼりをお持ちします。メニューですか? すみません、当店にはメニューがないんです。私ひとりで経営しているので、私がお客様にあったコースをご提供する形式となっています。

大丈夫ですよ。コース料理といってもそんな大層なものではないですし、外にメニューについても掲載してないので、お客様は知らずに来ているのですから。私都合のメニューということで、1000円で提供しています。

安すぎますか? ご安心ください。ちゃんと新鮮な野菜や肉を使っていますから。

そうです。だからお店もこぢんまりとしているんです。ひとりでできることは限られますからね。大勢を招き入れるつもりではないので。

では、お水とおしぼりをお持ちしますね。

*

こちら、どうぞ。少しだけレモン果汁が入っています。水に少しのレモン味。口の中がさっぱりして驚きますよね。初めて飲んだときの新鮮さを思い出します。

それでは、料理をお持ちするのでしばらくお待ちください。

*

お待たせしました。こちら、前菜の卵焼きです。砂糖多めの甘めに作ってあります。珍しいですか? コースが和食かは……お楽しみです。

お弁当の定番。母親の味。いつもお弁当箱を開けるのが楽しみだった。運動会のリレーで転んでも、この卵焼きをお昼に食べれば笑顔になった……。幸せな思い出ですね。

そういうこと、お客様にもあったでしょ? 

次の料理をお持ちします。

*

続いて、かぼちゃスープとパンです。熱いのでお気をつけください。

かぼちゃはぼそぼそして苦手だったけど、スープになったら飲みやすいし甘さが増した気がして、それからはかぼちゃを潰してスープにするように母親にせがむようになりました。

母親はめんどうでしたが、子供の笑顔を見るためにかぼちゃを買うとスープ作りに励むように。好き嫌いも減るならという思いも、ありましたね。

いえいえ、私の実体験ではありませんよ。そういう思い出もある、ということです。

パンと一緒にお召し上がりください。パンはおかわり自由ですので、必要であればお申し付けください。

*

お待たせしました。続いて魚料理です。うなぎの蒲焼です。まだコースは続きますので、小さめのお重でご用意しました。ご飯も入ってますよ。

変わっていますか。確かにそうかもしれませんね。

土用の丑の日は、必ず家族で鰻重を食べに行きました。毎年同じ店。いつも同じ、並。ほんとは特上を食べたかったけど、さすがに高くて両親の許可を得られませんでした。いつか自分で特上を食べてやるなんて、決意していましたね。

何か怪訝そうですね? 食べづらいですか?

誰かの思い出話なのか。私のイメージ話かもしれませんよ?

どうか気にせず、お召し上がりください。

*

お肉料理です。サーロインステーキになります。

なんでしょうか? もちろん、ちゃんと牛の肉です。先ほどのもうなぎだったでしょう? 私が毎回変なことを言うからって、そんな疑わないでください。

でも、このステーキについてもお話しさせていただきますね。必要なことなのです。より味わうためにも、どうかお聞きください。

誕生日に食べたいものを聞かれると、絶対にステーキでした。それも大きいサーロインステーキ。小学生なのに塩で食べるという通ぶり。舌はすでに大人に近づいていたのですね、まだまだやんちゃでしたが。

あ、お客様は塩でも添えたオニオンソースでも、どのような食べ方でも問題ありませんよ。お好きに召し上がりください。

私の話すことが不気味ですか? せっかくの料理が冷めてしまいます。コースもあと2品です。私がお客様に丹精込めて作った料理、ぜひとも最後までご堪能ください。

*

デザートのさくらんぼのケーキです。彼は……え? もう話さない方がいいですか?

彼って、彼は彼ですよ。はい、実在していた少年の話です。何か気分を害されているようですが、このケーキの背景を知ってもらったほうがさらにおいしく召し上がれると思いますので。

このまま出ていってもいいですが、無銭飲食ですよ。さすがに、私は警察に通報します。

……少し落ち着かれたようでなによりです。

はい、こちらのさくらんぼのケーキ。さくらんぼは彼の大好物でした。さくらんぼ狩りに行ったときには、楽しそうにひとつずつ採って、口いっぱいに含んで、種を飲み込んで苦い思いもしましたね。種飛ばしも大好きで、よく遊んでいました。

ケーキも好きでしたから、ケーキ屋にさくらんぼがいっぱい乗ったケーキがあると、必ず買っていたのですよ。なかなかさくらんぼのケーキなんてありませんから。いちごのショートケーキが好きな子が多いなか、珍しい好みの子でしたね。

おや? 召し上がらない。では、このまま食後のコーヒーもお出しします。

*

どうぞ。初めてコーヒーを飲んだとき、あまりの苦さに顔をしかめました。牛乳をたくさん入れて、砂糖も入れて、甘くしたコーヒーならおいしくて、よく家族みんなで夜にゲームをやるとき、飲んでいましたね。だからこのコーヒーもミルクと砂糖たっぷりに淹れてあります。

……こちらもいりませんか。顔が青くなっていますよ。何か思い当たることでもありそうですね。

そうです。あなたが召し上がった……と言いましても途中までですが、これらの料理はすべて、あなたが殺した篠崎大地くんの思い出の味の品々です。

たまたま友達が風邪で学校を早退し、ひとりで下校することになった大地くん。かわいそうに。端正な顔をしていた大地くんにいたずらしたくなったあなたは、公衆トイレに誘い込んだ。大地くんのズボンに手をかけたところで騒がれたから、咄嗟に便器の水に顔を押し込んで窒息させるなんて。変質的で自分勝手な動機。あまりにもかわいそうな最期。

大地くんはあの日、サーロインステーキを食べる予定でした。誕生日だったんです。ここでサーロインステーキを食べるあなたを、恨めしそうに見ていましたよ。

誰がって……ずっといるじゃないですか。あなたの後ろに、顔をびしょぬれにした大地くんが。

朗読動画『思い出の味フルコース』

動画時間:約9分

あとがき

コース料理も懐石料理も、美味しいですが、食べきるにはなかなかの気力が必要ですよね。なんてったって、量が半端ない。「え? まだ来るの?」ってくらい多いし、一品一品時間をかけて出てくるから、その間に満腹中枢が満たされ、お腹がいっぱいになってしまう。

だから気力だけでなく、ペース配分も求められるし、最初から小盛にできるなら選択することも賢明な判断。

食べるときには「よしっ!」と気合が入る。それが私にとってのコース・懐石料理(笑)

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