こんにちは、松波慶次です。
今回は、【サスペンス × 独白形式】のショートストーリー、著作『もうひとつ添えて』の小説と朗読動画を載せています。
ぜひご覧ください!
あらすじ
娘の夫が義実家を突然訪れた。
大きなキャリーケースを持って現れたにこやかな男の口から出てきたのは、結婚生活のこと、そして衝撃的な話だったーー。
小説『もうひとつ添えて』
文字数:約2500字
お義父さん、お義母さん、こんにちは。突然の訪問失礼します。
あぁ、すみません。今日は僕一人で来ました。ご迷惑でしたか? 申し訳ないです、僕の方こそ、気を遣わせてしまって。
今日は美香さんに関する大切なお話を聞いていただきたくて、寄らせていただきました。
お義母さん、お茶はいいですよ。お義父さんとお義母さんの分だけで結構です。
……すみません。ありがとうございます。いただきます。
え? このキャリーケースですか? 大きな荷物を家に持ち込んですみません。ただ、どうしても重要なものなので持ってきました。この話は、またあとで。
では、僕のお話を聞いてください。美香さんを奥さんにいただいてて一年が経ちました。共働きだったので家事は分担し、お互いに協力し合って結婚生活を送っていました。楽しかったですよ。愛する人と一緒に生活するというのは。
土日は二人とも休みだったので、家でDVDを観たり、ドライブに出掛けたりしていました。お互いの時間も尊重し、飲み会も趣味も好きなようにしていました。
僕は美香さんが好きでした。ちゃんと愛していました。
しかしですね、あることがきっかけで僕たちの間に亀裂が生じたんです。
お義父さんもお義母さんも待ち望んでいた、子供ができなかったんです。
排卵日や子供ができやすい体位、時間とかも気にして取り組んでも、新しい命が美香さんに宿る兆しは何もなかったんです。
あ、ごめんなさい。突然生々しい話をして。
それで、一向に子供を授かれないから、どちらかの身体に問題があるのではないかと思って病院に行ったんですよ。僕も美香さんも。
そしたら、美香さんは問題なし。問題があったのは、僕の方でした。僕は精子が極端に少なく、子供を作れる可能性はとても低かったんです。
低いといっても、ゼロではない。だから諦めずに何度も挑戦するのですが、子供はできませんでした。
僕は美香さんとの子供を欲しいと願っていましたが、できないならできないで、美香さんとの二人の生活を楽しもうと考えていました。しかし、美香さんはそうではなかった。美香さんはどうしても子供が欲しかった。女性ですからね、気持ちは分かります。産みたいと思うのはおかしくありません。
問題だったのは、その子供が僕の子供じゃなくても良かったことです。
美香さんは残業だと言って、帰る時間が遅くなりました。大体僕が寝てから帰ってくるようになりました。
土日は、友達と遊びに行くと言って朝から夜遅くまで出掛けるようになりました。友達と旅行に行くと言って、二日間丸々家にいないこともありました。
お互いの時間は尊重し合う。だから、僕は美香さんの行動を制止しませんでした。
……ちょっと、お義父さんもお義母さんも、表情が硬いですよ。ご自宅にいるんですから、リラックスしてください。
正直、怪しいとは思いました。それでも、美香さんのスマホを勝手に見ることは躊躇われたし、問い詰めるのも、証拠も何もないから躱されるだけだと思って、何もしませんでした。
美香さんがよく出掛けるようになってから、美香さんとの子作りはなくなりました。僕じゃないですよ。美香さんが、疲れてるからって言っていつも拒否したんです。
傷付き、悲しい思いでしたが、美香さんの体調を思うとそれ以上何も言えませんでした。
お茶、いただきます。
そして、昨日のことです。
美香さんから離婚してくれと言われました。理由を聞くと、他に好きな人ができたと言うんです。とても驚きました。しかし、最近の美香さんの行動を考えると、不思議ではないとも思いました。
僕は離婚したくないと言いました。僕は美香さんのことを愛していたから。怪しい行動を繰り返していても、僕は美香さんと一緒にいることを望んでいたから。
そしたら、美香さんは僕を睨み付け、自身のお腹をさすりました。
……えぇ、察しましたよ。美香さんはすでに他の男の子供を授かっていたのです。唖然とする僕に、美香さんは言いました。どうしても子供が欲しいの。カズくんと一緒にいても、それは一生叶わない。だから、私の幸せのために離婚して。
思い出すと、笑えてきます。とてもふてぶてしかったですよ。美香さんにとって、僕の幸せはどうでも良かったんだ。自分の幸せを優先した結果、僕と話し合って、これからのことを一緒に考えようともせず、勝手に他の男に股を開き、勝手に種付けられてたんだから。
面白いですよね? 僕がとても滑稽に見えますよね? そんな、謝られても困りますよ。そもそも、お義父さんとお義母さんが謝ることじゃない。
僕は大丈夫ですよ。この通り、笑えるくらい元気でいます。
というわけで、僕と美香さんはお別れすることになりました。残念な気持ちでいっぱいですが、後悔はないです。
あ、今日寄らせていただいたのは、その報告だけではないですよ。お義父さんとお義母さんから大切な娘である美香さんをいただきましたので、別れたからお返ししないと、と思いまして。
このキャリーケース、すごく重かったです。開けていいですか? 開けちゃいますね。
あー、すみません。絨毯汚しちゃいましたね。入らないから関節ごと切ったんですよ。だから血がすごくて。少し溢れちゃいました。でもほら、美香さんの顔は傷付けずきれいなままですよ。血は付いちゃってますが。これで娘だってことは分かるでしょ?
あ! お義母さん大丈夫ですか? 倒れてしまうくらい、美香さんを返してもらって嬉しいんですね。それだけ大切に育てられてきたんだ、美香さんは。羨ましいなぁ。
お義父さん、何を怒鳴っているんですか? 警察? 呼んでもいいですけど、なぜ呼ぶんですか? 悪戯で警察に電話するのは、やめた方がいいと思いますけど。
そうそう。ただ返すだけでは申し訳ないので、もうひとつお返しを添えさせていただきました。えっと、確か美香さんの腿の下に……あった。
これ、見えますか? 血で汚れて見えづらいですが、瓶です。中身、分かります?
ちいさーい、赤い物体。美香さんのお腹の中にいた子供ですよ。取り出してみました。
美香さんが簡単に諦めちゃうから。もしかしたらこの物体が、美香さんと僕の子供になっていたかもしれないのに。
さぁ、どうぞ。受け取ってください。
朗読動画『もうひとつ添えて』
動画時間:約9分
あとがき
お茶っていろんな種類があっておいしいですよね。緑茶、麦茶、ほうじ茶、プーアル茶、ジャスミン茶……ジャスミン茶って紅茶? あ、紅茶も「茶」か。
和食屋さんとかに行って、おひやや緑茶じゃなくてほうじ茶が出されると、「やった!」と嬉しくなります。おひやも緑茶もありがたいんですけど、ほうじ茶はなかなか出されない種類だと思いますし、個人的においしくてすごく好きなので、内心では小躍りしてます。あったかいほうじ茶を飲むとホッとする……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!