記憶修復師|金庫の暗証番号を思い出せ!男たちの記憶修復の結末は?

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こんにちは、松波慶次です。

SF ×コメディ×ショートストーリー『記憶修復師』の小説と朗読動画を載せています。

SF好きもコメディ好きも、ぜひお楽しみください(^^)!

目次

あらすじ

記憶修復師は、人間が忘れた記憶を修復する者のことで、厳しい試験に合格しないと得られない国家資格だ。

今日も、記憶修復師である俺の元に、記憶修復の依頼者がやってきた。

「金庫の暗証番号を思い出したい」というおじいさんの依頼を受け、記憶の修復を完了する。

しかし、次の日に思いもよらぬ人物がやってきてーー。

小説『記憶修復師』

文字数:約3800字

 人は忘れる生き物だ。幼いころの記憶。大切な思い出。交わした約束。

 中には、忘れようと思って忘れたものもあるだろう。しかし、人間は無意識に忘れることのほうが多い。

 あのとき何があったのか、思い出したい。靄で覆われた初恋の人との思い出を、鮮明にしたい。

 このような願望を叶えるのが、記憶修復師である俺の仕事だ。

 記憶修復師。人の忘れた記憶を修復する資格を得ている者を、そう呼ぶ。

 記憶修復師資格は、国家資格だ。記憶修復をする際に、記憶修復師には依頼人の修復した記憶が見えてしまう。

 仕事上で得た記憶には守秘義務があるから、記憶修復師を目指す者は厳しい試験をいくつも受け、信頼に値するかどうかを判断される。

 その厳しい試験をクリアした俺は、現在、個人で記憶修復師として働いていた。

 多くの記憶修復師は記憶修復事務所に勤めているから、俺は稀なケースだ。個人のほうが気楽、というのが、俺が事務所に勤めない理由なのだけれど。

 近所に名刺を配ったりチラシを作成したりして、地道な宣伝活動のおかげで俺の元へも客が来るようになった。

 最初の依頼人は、5歳のときに仲が良かった女の子と遊んだ記憶を呼び覚ましたいという女性だった。アルバムをめくっていたらその子とのツーショットが多く、懐かしさが込み上げ思い出したくなったそうだ。

 記憶修復師に記憶が見えてしまう旨が記載された同意書に住所と連絡先、サインをもらい、修復代をいただく。そのあとは、配線がたくさん付いたヘルメットを被った依頼人に、ベッドに寝てもらうだけ。

 配線は俺が操作するモニターに繋がっていて、そこで記憶を修復する。

 モニターとヘルメットに繋がる配線が連動を開始すると、依頼人は自然と眠りにつく。俺のモニターから、依頼人の脳へ眠るように指示が飛ぶ。

 依頼人が真に眠りについたとき、修復が可能となる。

 モニターを操作し、記憶を修復していく。モニターには、花摘みをして遊ぶ女の子が二人、楽しそうに笑っている姿が映し出された。

 柔らかい記憶に、思わず笑みが零れる。

 依頼人が目覚めると、修復された記憶に喜び、何度もお礼を言って帰っていった。

 それから何人もの記憶を修復していったが、ある日、立っているのがやっとと言えるくらいよぼよぼのおじいさんが俺の元にやってきた。

「家にあるの、金庫の暗証番号が分からなくなっての。金庫を買ったときのことを思い出したいんじゃが」

「金庫の番号。分かりました。すぐ記憶を修復しますよ」

「助かるの」

 同意書にサインをもらい、修復代をいただいてヘルメットを被ってもらう。ベッドに横になると、おじいさんは再び口を開いた。

「なにしろ一千万円も入っているからの。このまま開かないと、困るわい」

「すごいですね。銀行に預けなかったのですか?」

「銀行より、わしの金庫のほうが安全じゃわい」

 その結果、暗証番号を忘れて開けられなくなっていたらどうしようもない。

 思ってもそのようなことは言えず、俺はモニターの操作を始める。おじいさんは眠りにつき、記憶の修復を始めると、金庫の暗証番号を決めているおじいさんの姿がモニターに映し出された。

「3、7、4、5。みなしご。これなら忘れないじゃろ」

 なぜその語呂にしたのかは謎だが、記憶が修復されたおじいさんは「これで無事、一千万円を金庫から出すことができるの!」とガッツポーズをしだす。

 金の力は怖い。記憶を修復した途端、よぼよぼだったおじいさんが子供のようにはしゃいでしまったのだから。

「ありがとの」

 俊敏な動きで帰っていくおじいさんの背中を、呆然と見送るしかなかった。

*

 次の日。苛々した様子の中年男性がやってきた。

「記憶の修復したいんですけど」

「可能ですよ。どのような記憶ですか?」

「うちの親父が、金庫の暗証番号忘れたみたいで。金庫を買ったときの番号じゃ開かなかったみたいなんです」

 昨日来たおじいさんを思い出す。親父、ということは、この男性はおじいさんの息子か。

 記憶の修復や記憶に間違いがあるはずがないから、そうなると、考えられることは一つ。

「それで、俺、思い出したんですよ。前に親父が、暗証番号変えたって言っていたのを。まさか親父が忘れるなんて思っていなかったから、俺は番号なんて覚えていないし。だから、そのときの記憶を修復したいんですけど」

「分かりました」

 やはり、そういうことか。昨日のおじいさんのがっかり具合を想像し、申し訳ないけど苦笑してしまう。

 手続きを済ませ、男性をベッドに寝かせる。男性が眠ったところでモニターを操作し、記憶を修復する。

 モニターに映し出されたのは、得意げに男性に話しかける昨日のおじいさんの姿だった。

「金庫の番号な、みなしご、の語呂だと分かりやすくて不用心だと思っての、変えたんじゃ。今度は誰にも想像できないように、適当に5394にした!」

「適当に変えて、親父、覚えてられんの? 忘れちゃうんじゃないか?」

「忘れるもんか! わしの大切な金庫じゃぞ!」

 適当に番号決めたら、忘れてしまうだろう。注意したにも関わらず聞き入れてもらえなかった男性に同情し、修復を完了する。

 起き上がった男性は、またしても苛々した様子で呟く。

「あのくそ親父。だから言ったじゃねーか」

 同感すぎて何も言えず、男性の去っていく後ろ姿をただただ見送る。

 おじいさんが待ち望んでいる、金庫の解錠。今度こそ成功するだろうと思っていたが、俺の考えは甘かった。

*

 次の日。軽快そうなおじいさんが一生懸命、笑いを堪えながらやってきた。

「あ、あのね。記憶の修復、お願いしたいんだけど!」

「分かりました。どのような記憶の修復ですか?」

「それがさー聞いてよ! 隣のじいさん、金庫の暗証番号忘れちゃったみたいでさ。自分が覚えている番号も違うわ、息子に話した番号も違うわで、もうね、俺と同い年とは思えない耄碌っぷりがおかしくて! 昨日の夜中まで息子さんと怒鳴り合いよ。わしの金庫の番号何番じゃあ! 知らねぇよくそ親父! って」

 この展開にはさすがに呆れた。そろそろ金庫を開けてほしいと思っていたから、いまだに解決しない問題に若干の苛立ちを覚える。

「でさ、思い出したことがあってよ。じいさんとゲートボールについて話しているとき、そういや金庫の番号変えたみたいなこと言ってたんだよ。人様の家のことだし、そんな大事なこといくら俺たちの仲が良くったって聞くわけにはいかねぇだろ? だから、別のこと考えながら生返事しといたのよ」

「では、そのときの記憶を修復ご希望ですか?」

「おうよ。今日も怒鳴り合いされちゃ敵わねぇし、困ってるじいさんほっとけねぇからな。べらべら喋るじいさんの不用心さが、ここで役立つってわけ」

 救世主のようなお隣さんのおかげで、おじいさんは金庫との勝負に勝つわけだ。

「では、さっそく始めましょうか」

 お隣さんは頷き、記憶の修復を始めていく。

 モニターには、おじいさんが得意げに金庫の番号について話す様子が映し出されていた。

「やっぱの、5394とかいう分かりづらい番号はやめることにした! 忘れそう!」

「そうかそうか」

 空を見上げながら、おじいさんの話をなるべく意識しないように聞いているお隣さんの姿もある。ここに来た理由も含めて、この人は優しい人なのだろう。

「新番号は、0141じゃ。おいしい、という語呂で覚えられるの!」

「いいんじゃないか?」

「おいしいものが好きだからの。これなら忘れない!」

 忘れているじゃないか。心の中で指摘し、記憶の修復を完了する。

「ありがとよ! 早速、じいさんに伝えてくるわ!」

 お隣さんは、豪快に笑いながら帰っていった。

 その日の夜。いい加減金庫は開いたかと気になり、おじいさんの家に寄ってみることにした。

 同意書に書かれた住所を辿り、家の前に立ち耳をそばだてると、怒鳴り声も泣き喚く声も聞こえない。どうやら金庫は開いたようだ。

 俺の仕事が功を成したことに、心が満たされた。

*

「今朝のニュースです。男性の自宅から現金一千万円が盗まれました。男性は、金庫に保管していた一千万円の現金を自分の子供たちに分配するために、記憶修復師を頼り金庫の暗証番号を思い出そうとしていたということです」

「現在、その記憶修復師は姿をくらましており、過去に3件起きた事件と同一犯とみて、捜査を進めています」

「最近、悪質な記憶修復師が増えていますからね。記憶修復師資格の試験レベルをもっと上げたほうがいいのでは、という声も民衆から上がっています」

「記憶修復師という職業自体をなくせという声もありますからね。今後の動向が気になるところです」

 空港のベンチに座りながら、壁に設置されたテレビで一千万円窃盗事件が明るみになったことを知る。

「いやー、怖いですなぁ。でも、私は記憶修復してもらったことがあるのですが、あれは助かりますよ。記憶修復師がいなくなったら、困る人も多いと思うんですよね」

 隣に座る、初老の男性が声を掛けてきた。

「そうですよね。記憶修復師がいなくなったら、悲しむ人は大勢いると思いますよ。一部の記憶修復師が悪いだけなので、職業自体はなくならないでもらいたいですね」

「そうですね。ところで、どちらに行かれるのですか?」

 男性がにこやかに尋ねてくる。

 俺は一千万円が入ったバッグを手に立ち上がり、帽子を目深に被った。

「そうですね。誰も俺のことを知らない、どこか遠くの街へ」

 歩き出す。振り向くことのないままに。

朗読動画『記憶修復師』

動画時間:約13分

あとがき

数字の語呂で、「18782(いやなやつ)+ 18782(いやなやつ)=37564(みなごろし)」になることを初めて知ったとき、うわっすげー! と驚きました。

そして、「18729(いやなにく)+ 18729(いやなにく)=37458(みなしごはっち)」になることを知ったときにも、みなしごはっちだー! と。「いやなにく」からの「みなしごはっち」ってなんだよって感じですが、数字の語呂って面白いですよね。

世代ではありませんが、ポケベルの数字での会話も面白いです。「それでそう読むんだー」と感心するものもあれば、「いやいや読めない」と思うものもあったり。暗号みたいですよね。ポケベル使って会話してみたかったです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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