こんにちは、松波慶次です。
切ないヒューマンドラマ小説、『記憶の中の彼女』です。
朗読動画も掲載しているので、動画で小説を楽しみたい方は、ぜひ動画をご視聴ください!
あらすじ
幼いころ、僕と一緒に遊んでくれた女の子。でも彼女は僕の記憶の中にだけいるみたいで、家族の誰も彼女の存在を知らない。
ある日、記憶の中の彼女にそっくりな女性が、僕に話しかけてくれた。
女性の話を聞いて、衝撃的で、不思議な真相が明らかにーー。
小説『記憶の中の彼女』
文字数:約2100字
幼いころの記憶というものは、バラバラになったジグソーパズルのピースのようだ。断片的にしか覚えておらず、パズルを完成させるのに時間がかかる。あるいは、一生パズルは完成しないのかもしれない。
その断片的なピースで、僕がとても印象深かったのは、彼女だった。
幼い僕といつも一緒に遊んでくれた女の子。公園でブランコをしたり、砂場でお城を作ったりした。
僕と同い年くらいの彼女はいつもにこにこしていて、その笑顔は僕の心を照らしてくれる太陽のようだった。
だけど、いつからか僕の記憶の中から彼女の姿は消え、最近の僕のパズルにも現れることはなかった。
「お兄ちゃん、ご飯だよ」
妹の友香がいつも通りノックもせず、部屋のドアを開ける。
「あぁ」
適当に返事をし、目の前の作業に集中する。
友香が横から手元を覗いてきて、これもまたいつも通り、大きな溜め息を吐かれた。
「お兄ちゃんさぁ、いい加減その人のこと諦めたら? 私は全くその人のこと覚えてないよ」
「お前は僕よりも小さかったから、覚えてなくて当然だろ」
「お父さんもお母さんも知らないって言っているんだから、お兄ちゃんの幻想だよ。ほら、よく小さい子どもには幽霊が見えるって言うし」
「うるさいな。いいから出ていけよ」
友香に見向きもしないでいると、友香は「ふんっ」と鼻を鳴らし、ドタドタと階段を下りていった。
静かになった部屋で、一段落した手元のスケッチブックを眺める。
断片的な記憶の中にいた彼女が、花飾りを頭に乗せて笑っている。
いつの間にか、彼女の姿を描くようになっていた。元々絵を描くのが好きだったのもあるけど、きっと記憶から消えた彼女を追いかけているのだと思う。
彼女は実在していた。そう言い切れる。あの笑い声、触れ合った手の柔らかさ、僕の心を満たしてくれたあの笑顔。幽霊なんかじゃない。
友香がもう一度呼びに来るまで、僕は彼女の絵を次のページに書き続けていた。
高校では美術部に属している。人物画も好きだけど、風景画も好きだ。今日も放課後、部活動の一環で外に繰り出し、近所の公園で池と並木道をデッサンしていた。
「すごく上手ね、絵」
背後からかけられた突然の声に驚きつつ振り向くと、大学生くらいの女の人が立っていた。
「あ、ありがとうございます」
「君、高校生?」
「そうですけど」
「絵の才能あると思うよ。頑張って」
女の人が微笑んだとき、パズルのピースがはまった気がした。
見覚えのある笑顔、優しい目元――。この人だ、間違いない! この人が彼女なんだ!
「あのっ!」
咄嗟に引き留め、持っていたスケッチブックを開いて驚く女の人の眼前に突き出す。
「この女の子、あなたじゃないですか?」
女の人は僕の突然の失礼な行為に怒ることなく、それどころか目玉が落ちるんじゃないかってくらいに大きく目を見開いた。
「これ……なんで?」
「僕、幼いころあなたに会っていると思うんです。五歳くらいに、僕と一緒に遊んだ覚えないですか? 具体的な場所は覚えてないですけど、ブランコや砂場で遊びましたよね?」
つい熱くなり矢継ぎ早に言葉を投げていて、気付くのが遅くなった。
女の人は、細い柔らかな涙で頬を濡らしていた。
「あ、ごめんなさい」
謝るべきは僕なのに、女の人はハンカチを取り出して目頭を拭きながら小さく息を吐いた。
「この絵の女の子ね、私の妹よ」
「妹さん、ですか」
「えぇ。でも、あなたが会えるはずないわ。だって、妹はずっと入院していて、五歳でこの世を去ったんですもの」
「そんなっ……」
じゃあ、友香が言うように、彼女は幽霊だったということなのか? 実在はしていたけど、僕が遊んでいた彼女は幻だった?
「申し遅れたけど、私の名前は鈴木美奈。妹の名前は、晴夏」
「僕は、原田優っていいます」
「優君ね。もしよければ、うちくる? 晴夏に会えるわよ」
ぽろぽろと崩れ落ちていくピースを拾うこともできず、喪失感に包まれたまま、僕は美奈さんの家に行くことにした。
同級生の部員に「調子悪くなったから先帰る」とだけスマートフォンで連絡し、美奈さんの家にお邪魔した。
ご両親はまだ仕事中らしく、家には美奈さんと僕しかいない。
出してもらったお茶を一口すすると、美奈さんは仕切られていた襖を開けた。
開けた先には、仏壇があった。そこに飾られていた写真は、僕の記憶の中の彼女だった。
心を晴れやかにさせる満面の笑みを浮かべた彼女を見て、僕は誘われるように、仏壇の前に座っていた。
「晴夏ね、ずっと病院生活で、外で遊ぶことができなかったの。優君が晴夏に会ったのが、晴夏が生きていたときなのか死んでからなのか分からないけど、どっちみち生身の人間じゃなかったはずよ」
「なんで、僕のところに来たんですかね。晴夏さんは」
「さぁ、どうでしょうね。よく、人間って波長が合うとか言うでしょ? 晴夏と優君は波長が合ったから、とか。こんな理由じゃ、納得できないか」
「いえ、大丈夫です。お線香、あげてもいいですか?」
美奈さんは頷くと、ロウソクを用意して火を点けてくれた。
お線香を一本手に取り、火を点け、立てる。
手を合わせた。
晴夏さんは、僕と外で遊べて幸せだったのかな? 僕は少しでも、晴夏さんの願いを叶えてあげることができたのかな?
決して手で掴むことのできない雲のような真相だったけど、これだけは言える。
僕はやっと、彼女に会うことができたのだ。
ー終ー
朗読動画『記憶の中の彼女』
動画時間:約8分
あとがき
物語の内容についての解釈は、基本的に読者さんにお任せしたいので、「あとがき」に何を書こうか結構考えてしまいます笑
解釈っぽいことを書かずに、物語に関連した話を書ければいいのですが、いやはや、唸ってしまう。
あ、仏壇の「チーン」って鳴らすやつ、なんだかいい音色ですよね。落ち着きますし、心に沁みる感じがします。故人のことを思いながら、心を込めて鳴らしたいものです。