冬に咲く花|白と黒の世界を彩る大輪がつないだ老夫婦との思い出

冬に咲く花|白と黒の世界を彩る大輪がつないだ老夫婦との思い出

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こんにちは、松波慶次です。

ヒューマンドラマ×ショートストーリー『冬に咲く花』の小説と朗読動画を載せています。

「ほっこりしたい」「心が温まりたい」、そんな方におすすめです。

目次

あらすじ

彼氏と共通の趣味のスノーボードで滑り終わったあと、泊まったロッジ〈もみの木〉。

夕飯を食べ終え、部屋でこたつに入りくつろいでいると、轟音が鳴り響き部屋が揺れた。

一体何事⁉ 慌てて外の様子を見に行こうとしたら、宿のおばあさんが声を掛けてくれた。

「外に出てきてごらん。花火がやってるよ」

老夫婦との、冬の思い出ーー。

小説『冬に咲く花』

文字数:約3000字

 二台のガスヒーターが赤い炎を灯し、一心不乱に部屋を暖める。

 フル稼働させてようやく暖かいと感じるのは、やはりこの地が豪雪地帯でいまもしんしんと雪が舞い降りているからだ。

「いくら晴れてても、山の上のほうは寒かったでしょう」

 四人掛けのテーブルが五つ並んだ食堂で、宿のおばあさんが私と浩一の前にせっせと料理を運びながらにこやかに話し掛けてきた。

 テーブルの上にはお鍋に肉じゃが、コロッケに味噌汁と、美味しそうな料理が舞台役者のように並べられていった。

「天気が良かったんで、滑っていたら暑いくらいでした。山頂付近じゃ、遠くまで雪景色を楽しめましたよ」

「それなら良かった。どうぞ、ごゆっくり」

 空いたお盆を持ち、浩一の返答に目を細めたおばあさんは、食堂の隣にある厨房へ姿を消した。

 いただきます。私たちは手を合わせ料理に箸をつけ始めた。熱々の鍋の具をお椀によそい汁を口に含むと、胸の辺りに火がともった。

 スノーボードという共通の趣味を持つ浩一とは、今年で付き合って二年目になる。

 冬になり、そろそろ滑りに行きたいと思っていたとき、〈ミステリーボックス〉を発見した。

 ミステリーボックスは、対象のゲレンデのリフト二日券と一泊二食の宿代がセットになった格安パックだ。

 宿泊先は予約時には分からない。当日ゲレンデのチケット売り場に行き、料金を払ってリフト券をもらうときに初めて知らされる。ミステリーボックスの名前の所以はここ。

 今回ミステリーボックスを予約した私たちに案内されたのが、ゲレンデまで徒歩一分の距離にある〈もみの木〉というロッジだった。

 ニュースで大雪警報が出ていたからか、お客さんはほかにいない。すでにミステリーボックスに申し込んでいた私たちは、キャンセル料がかかるしとりあえず行ってみるかということで、心配しながらも高速道路を走り、四時間かけてゲレンデにやってきた。結果、豪雪になることなく雪質上々の最適なコンディションで滑ることができた。

 宿はおばあさんとおじいさんの夫婦で経営しているようだ。ヒーターが燃えるゴーっという音と私たちが奏でる食器と箸がぶつかり合う音しかしない、穏やかで静かな時間を過ごした。

*

 食事を終え部屋に戻ってくると、電源を点けっぱなしにしておいた炬燵にすぐさま潜り込んだ。

「もうお腹いっぱいだし、あったかいから寝られる」

「俺も」

 滑り終わって宿にチェックインしたあと、汗ばんだ身体を流したくて夕飯前にお風呂は済ませていた。十畳一間の部屋には、炬燵のほかにガスヒーターにテレビ、ゴミ箱が置かれている。あとは布団と毛布を押入れから出せばすぐにでも寝られるのに、炬燵の魔力にやられた。一度入ったら抜け出せない。満腹感も後押しして、うとうととまどろんでいたそのとき――。

 部屋が揺れた。バン、バンと鼓膜を震わす破裂音も聞こえる。止んだかと思ったら、何度も繰り返された。巨人が外で暴れまわっているような騒々しさだ。

「え、何? 地震?」

「分かんない、何だろ?」

 私の問いに浩一も首を傾げる。さすがにただ事ではない。虜になっていた炬燵から抜け出して部屋の外の様子を見に行こうとしたら、ちょうどドアがノックされた。

「はい」

「外に出てきてごらん。花火がやってるよ」

「花火?」

 ドア越しに聞こえたおばあさんの弾んだ声に、私と浩一は顔を見合わせた。いまだに炬燵で寝転んでいた浩一は白い歯を見せると立ち上がった。一緒に部屋を飛び出す。

「こっちこっち」

 開け放たれた宿の玄関でおばあさんが手招きしていた。隣に立つおじいさんは空を見上げ、「おぉ」と声を漏らしている。

 いまなお響き続ける破裂音。空が緑や赤に輝いていることが、おじいさんの顔に色が走ることで確認できた。

 寒い寒い。そう言いながら私たちも玄関に立ち、身が引き締まるような外気を感じながら空を見上げる。

 マシュマロみたいにふわふわな雪が積もったゲレンデ。その上を火の玉が空気を切り裂き突き上がっていく。舞い散る軽やかな雪にも負けず、色とりどりの大輪の花を夜空に咲かせていた。

「どうだ、ハヤテ。すごいだろ」

「あ、犬だ!」

「かわいいー!」

 花火に夢中で気付かなかった。おじいさんの足元にはまだ小さい柴犬がいた。花火が怖いのか、しっぽが下がってしまっている。

「ときどきね、冬に花火を打ち上げるの。十分間くらいだけど。そういえば今日打ち上げ日だったなって思い出して、声掛けさせてもらっちゃった」

「ハヤテはまだ子供だから、怖がっちゃってしょうがないけどな」

 ハヤテはぷいっと横を向く。私たちの笑い声も空に響き渡った。

「ありがとうございます! 冬の花火なんて、初めて見ました」

「また来年も〈もみの木〉さんにお世話になって、花火見たいです」

 浩一と私が興奮気味に言うと、おじいさんとおばあさんは泣き笑いのような表情を浮かべた。

「……実はな、この宿。来年廃業する予定なんだ」

「え、何でですか?」

「私たちももう歳だし、息子は東京行っちゃって跡を継いでくれないだろうからね。そろそろ終いかねって、話してるの」

「そう、なんですね……」

 くぅん。ハヤテが鳴く。花火が怖いからじゃない。きっとこの老夫婦の無念を感じ、悔しがっているんだ。

 浩一もかける言葉が見つからないようだった。小さく開いた口はそのまま閉じられた。

 終了時刻を迎えたのか、次の花火が打ち上がることはなく、黒と白の本来の世界に戻った。

「ま、こんな辛気臭い話はいいとして、明日も滑りを楽しんできてくれよ。ここのゲレンデは最高だからさ」

 おじいさんの目尻が濡れていたのは、気のせいじゃない。

*

 休みのタイミングが合わなくて、二年ぶりにようやくミステリーボックスを利用できた。夫婦になった私と浩一は、ゲレンデに到着して受付で示された宿の名前を見た途端「あっ!」と叫んだ。

 〈もみの木〉。いまでもはっきりと覚えている。宿の老夫婦と柴犬ハヤテと一緒に、雪景色に浮かぶ花火を見たことを。来年には廃業する。そう言っていたことを。

「浩一、この宿って……」

「あぁ、俺も覚えてるぞ」

 廃業しなかった? いまも元気に経営しているの? 頭の中を疑問がぐるぐる回ったままゲレンデで滑り終え、緊張しながら宿へ向かう。

「ようこそおいでくださいました」

 出迎えてくれたのは、四十代ほどの目尻の笑い皺が綺麗な女性だった。

 もしかして宿を他の人に売ったのかな? 新たな考えも浮上し、真相が分からないまま迎えた夕食の時間。今日は他に二組の客がいた。

 あのときと同じ食堂でテーブルに着くと、「こんばんは」と挨拶をしながらお茶を運んでくるおばあさんがいた。

 おぼろげとはいえ、何となくは覚えている。記憶の中のおばあさんだ。

「こんばんは! あの、私たち二年くらい前にもこちらを利用させていただいたんですけど、覚えていますか?」

「え? えーっと、ごめんなさいね。お客さんが多いからちょっと……」

「一緒に花火を見ました! そのとき、廃業を考えているって話されていて……」

 私の突然の質問に戸惑っていたおばあさんの目と口が大きく開かれた。ふっと緩むと懐かしそうに呟いた。

「……あぁ、あのときの」

「廃業、やめたんですね」

「実はね、息子が戻ってきたの。お嫁さんも連れてね。それで、継いでくれるって言うから」

 そのときの感情が込み上げてきたのか、おばあさんはにんまりと笑う。テーブルにお茶を置き、口元に手を当て囁いた。

「今晩も、花火、あるよ。旦那と息子夫婦と見ようと思ってるから、あなたたちも一緒に見ましょ。もちろん、ハヤテもね」

 最後に悪戯っぽくウィンクをして厨房に戻っていった。

 浩一に目配せすると、すべて聞こえていたというように頷いた。

 お茶を一口飲む。温かい。

 ハヤテはまだ花火を怖がるのかな?

 雪と花火の共演をゆっくりと眺めるために、今夜は上着を着て外に出よう。

朗読動画『冬に咲く花』

動画時間:約10分

あとがき

ゲレンデで行われる年末のカウントダウンイベントに参加したことがあります。日中滑ったあと、一旦宿に戻り、夜になって再度ゲレンデに行きました。寒いので服装はウェアです。

無料でふるまわれるお酒のテントが設置されていたり、地元の公式キャラクター(の着ぐるみ)がいたり、主催者の人たちのステージがあってカウントダウンイベントを盛り上げたり……。0時になったら花火も打ち上がりました。

実はこのとき、私はベロベロです。宿で浴びるようにお酒を飲んでいて、しかもゲレンデのテントでも「酒あるじゃん!」と酒を煽っていました。テンションアゲアゲ。着ぐるみにも抱き着きまくり。でも覚えてるんですよ~楽しかったな~。

ゲレンデの年末カウントダウンイベント、また行きたいな~。

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