こんにちは、松波慶次です!
今回は、著作『永久保存』の小説と朗読動画を載せています。
SF×恋愛のショートストーリーです。
小説と朗読動画、お好きなほうをご覧ください(^^)
あらすじ
21××年。
日本の埋葬方法は、火葬と「永久保存」。 故人をそのままの姿で保存でき、側に置いておくことができる。
恋人の麻美(あさみ)を亡くしたいさやは、永久保存を選択して麻美とともに過ごすーー。
SF × 恋愛 のショートストーリー。
小説『永久保存』
文字数:約2800字
本多麻美が眠る棺桶を、桐谷いさやは手で撫でる。透明な蓋から見える麻美は、気に入っていた淡い青色のワンピースを着て、胸の位置で指を組み、お伽噺に出てくるお姫様のように安らかな表情を浮かべていた。
「……麻美」
呼びかけても、反応はない。
人ひとり分の大きさのカプセルのような棺桶の構造は、昔の日本のものとは違う。蓋の部分が全て透明になっており、遺体の全身が見えるようになっている。
21××年。いまの日本の埋葬方法は二つある。一つは、いままで通りの火葬。そしてもう一つは、永久保存。故人を棺桶の中に入れ、一緒にいることを望む者に引き渡す。棺桶の中には遺体が腐らないように防腐剤が充満しており、蓋を無理やり開けなければ遺体は永久に腐ることがない。やはり火葬をしたいと望めば、料金はかかるが火葬することもできる。
いまでも、多くの者が選択するのは火葬だ。遺体がそばにあると生前を思い出して辛いから。それと、人ひとり分の大きさなので、スペースが必要だから。
「いさや。飯、食ったか?」
神谷絋が、弁当を二つ持ち、まるで自分の家だというようにずかずかといさやがいる部屋へ入ってきた。
「絋、不法侵入」
「馬鹿やろう。シカトしたのはどっちだ? ドアモニターに呼びかけたけど反応がなかったんだよ。しかたねーだろ」
絋はいさやに弁当を一つ突き出す。受け取ったいさやは、弁当を脇にあるテーブルに置いた。
「……また、麻美のそばにいたのか?」
「……うん」
いさやと麻美は、一か月後結婚式を挙げる予定だった。しかし一週間前、麻美は不慮の事故で命を落とした。安全装置のついていない旧式の車を運転していた男が脇見運転をして、歩道を歩いていた麻美を轢き殺した。
「永久保存を望んだ理由は分かるけど、辛くねーのか? こんな近くに、麻美がいて」
「……これから一生そばにいるはずだったからさ。死んでるか生きてるかの違いだけだよ」
沈痛な面持ちのいさやを見ていられず、絋は持ってきた弁当を食べ始める。いさやはそんな絋に力なく笑いかけ、またしても麻美の棺桶を撫でる。
「でも、永久保存って、綺麗にしてくれるんだね。轢かれたときの麻美、顔も傷だらけだったから」
「……俺は、葬式のときの、いまの麻美しか見てないから分かんねーよ」
「麻美、生前みたいに綺麗なまま保存されて、喜んでると思う」
いさやと麻美の仲の良さを、誰よりも知っていたのは絋だ。
絋がいさやと麻美を引き合わせた。絋の職場の後輩が麻美で、絋がいさやの写真を麻美に見せたら、麻美は「会いたい」と言って聞かず、仕方なく顔合わせの場を設けた。どうやら、麻美の一目惚れだったようだ。恥ずかしがって乗り気じゃなかったいさやをぐいぐいと推していき、いつの間にか、二人は付き合うようになっていた。
そんな二人が結婚すると聞いたときには、絋は心から祝福した。「式には絶対呼べよ」と念も押していた。
それなのにーー。
「いさや、変な気起こすなよ」
「ははっ。大丈夫だよ。だって、俺のそばには麻美がいるもん」
絋にとって、かわいい後輩を亡くし、続けて親友まで失うことは、考えたくもない悪夢だった。
棺桶が家に来てから、いさやの寝る場所は麻美の隣になっていた。棺桶の横に布団を敷き、麻美に直接触れられなくても、麻美を感じながら眠りにつく。
「おやすみ、麻美」
いつものように、挨拶をして瞼を閉じるーー。
「いさや」
優しい声で、名前を呼ばれた。いさやは目覚めると、一面花畑の、とても幻想的な場所に立っていた。
「ここは……?」
「いさや」
またしても、名前を呼ばれる。聞き覚えのある声に、いさやは逸る気持ちを抑え、ゆっくりと振り向いた。
麻美が立っていた。淡い青色のワンピースを着て、微笑んでいる。しかしその微笑みは、風が吹けば消えてしまいそうなほど、儚かった。
「麻美っ!」
いさやは叫び、麻美に駆け寄ろうとする。そんないさやの行動を、麻美は首を静かに振って制した。
「いさや、私はあなたが、私をそばに置いてくれることを選択してくれて、嬉しかった」
「当たり前だろっ! 俺は麻美と、ずっと一緒にいたいんだ! これからも、一緒に、いたかったんだ……っ」
麻美との会話。ありえない現象。それでも、いさやはいま起こっていることを受け入れ、ここぞとばかりに活かそうとする。
麻美へ、己の思いをぶつける。もう、現実では二度と会話することのない麻美に。
大粒の涙が、いさやの頬を幾筋も伝い落ちる。それを拭うこともないまま、いさやは麻美が制したにも関わらず、麻美に近付く。
「ダメだよ、いさや。私に触れたら、あなたもここに一生閉じ込められてしまう」
麻美が一歩後退した。
「閉じ込められるって、何? 俺は麻美となら、どんな場所にだって行けるよ。麻美さえいれば、俺には十分なんだ」
「いさや……」
この花畑が、死者が住む世界なのか、分からない。そんなこと、いさやにとってはどうでもよかった。
いさやは戸惑い、動けずにいる麻美を抱きしめた。
「いさや、ダメなの。あなたには、生きて欲しいの」
「俺は、麻美と生きる。それが死後の世界だって、構わない」
麻美の瞳からも、涙がとめどなく溢れてきた。透明な雫がいさやの肩に落ちるたびに、少しずつ、いさやの姿がぼやけてくる。
躊躇していた麻美も、とうとういさやの背中に手を回す。
「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ」
「謝らないで」
「だって、このままじゃいさやもっ」
「俺は、後悔しない」
二人の身体は溶けあうように重なっていった。眩い光を放ちながら、二つの個体が一つになっていく。
朧げになっていく意識の中で、いさやは温もりを感じていた。まるで春の陽だまりのような、心地良さをーー。
次の日、心配した絋がまたしてもいさやの家を訪れると、鍵がかかったままだった。ドアモニターに呼びかけても反応はなく、小型通信機に連絡しても同じだった。
嫌な予感がしてすぐに警察を呼ぶ。セキュリティレベル5のドアを開けるのに十五分も要して部屋に入ると、棺桶の中で麻美と抱き合うようにして眠るいさやの姿があった。
「そんな……」
永久保存用の棺桶は、よほどのことがない限り開かない構造になっている。よほどのこと、というのも、ダイナマイトで爆破するくらいしか、方法はない。一度蓋をしてしまえば、人間が自分の手で開けるなど不可能だ。
この状況は、絶対にあり得ないこと。絋は片手で髪を掻き乱しながら、棺桶に近付く。
いさやは、眠っていた。目を閉じ、幸せそうな顔を浮かべて。それが永久の眠りであることは、確かめずとも直感で分かった。
警察が指示を出し合い、状況調査に努めている。その声を遠くに聞きながら、絋は棺桶にへばりつき、項垂れた。
「馬鹿やろう。俺だけ置いて……ひとりぼっちになったじゃねーかよ」
絋の呟きは誰にも聞こえない。頬を伝う涙も、誰にも気づかれなかった。
朗読動画『永久保存』
動画時間:約11分
あとがき
たまたま知ったのですが、火葬のほかに「樹木葬」も選択できるみたいですね。あとは、これもたまたま見かけたのですが、「海への散骨」。
日本の故人の弔い方法は、現代では「火葬」のイメージが強かったのですが、意外といろいろ選択肢があることに驚きました。
そんなとりとめのない話です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!