こんにちは、松波慶次です。
不思議なほっこりショートストーリー『雨と猫』。
ほっこりしたいときにおすすめです。
朗読動画も載せているので、動画で楽しみたい方はぜひご視聴ください。
あらすじ
雨が降るバス停でバスを待っていると、一匹の黒猫が。
なんてことなく話しかけると、なんと猫が日本語で話した!
この世界は、人間が知らないだけで「不思議」な出来事がいっぱいなのかもしれないーー。
小説『雨と猫』
文字数:約1800字
屋根があるバス停で良かった。古ぼけたバス停で、備え付けられたベンチに座りながら灰色の空を見上げる。
空は何が悲しいのか、大量の雨粒を地面に叩き続け、いつまでも泣き止みそうにない。
目の前に広がる田んぼに落ちた雫が軽快に跳ねると、何か の生き物のようだった。
次のバスが来るのは二十分後。おばあちゃんが入院する病院へお見舞いに行こうと思い、時間に余裕を持 って家を出てきたから待ち時間が長くなってしまった。
そのおかげで、雨に濡れずに済んだけれど。
「雨、やまないかな」
「にゃあ」
私の独り言に誰かが反応した。
声がした方を見ると、一匹の黒猫がベンチの下から顔を覗かせていた。
「あら」
先客がいたなんて気が付かなかった。黒猫は颯爽とベンチの上に飛び乗ると、私の横で悠々と寝転がり始めた。
「お前もバスでどこか行くの?」
「にゃあ」
黄色い瞳で、私を見つめてくる。
「返事するなんて、偉いじゃん」
「猫がバスに乗れるかバカ、と言ったんだ」
「そうだよね、猫がバスに乗れるわけ……え?」
突然聞こえた渋いおっさんの声に驚き、辺りを見回す。このバス停には私と黒猫しかいない。土砂降りの中、佇んでいるおっさんもいない。
じゃあ、いまの声は?
「俺だよ」
声の発生源を見つめる。黄色い瞳を怪し気に光らせている、黒猫だった。
「私、疲れているのかな?」
「お決まりのセリフやめろ。面倒くさい」
自分の頬をつねっていると、黒猫は柔らかそうな肉球を舐めながら心底呆れたように言い放った。
「え、なんで猫が喋れるの?」
信じられないけど、目の前にいる黒猫は喋っている。
もしかして私、猫語が分かる人間だったとか? 何かがき っかけで、その能力が開花しちゃったのかな?
「言っておくが、お前が猫語を理解できるようになったわけじゃないぞ」
「あ、そうなんだ」
「人間は すぐに自分を特別扱いしようとするな」
黒猫は肉球を舐めるのをやめ、私に向き直った。
「猫は日本語を喋れるんだ。普段は喋らないだけ。喋るのも面倒くさいからな。他にも、英語、中国語、フランス語とかも。語学堪能だぞ」
「嘘でしょ?」
「人間はすぐに疑うな」
そうなると、いま黒猫は私に合わせて日本語で話してくれているってことか。
「ねぇ、なんでいま、日本語で私と会話してくれてるの? だって、普段は猫語じゃん。にゃあとかみゃおとか」
「そうだ。猫語以外を話すのは面倒くさい。口をたくさん動かすからな」
もしかして、私を猫の世界に連れて行くためとか? そう いうファンタジーな展開が……。
「ないぞ」
「なんなの? 猫って心の中読めるの?」
「俺が日本語で会話をしているのは、ただ俺が暇だったからだ」
「暇……」
「そうだ、お前は俺にとってただの暇つぶしの道具だ」
この黒猫、何という言い草だ。
ふてぶてしい黒猫に若干の苛立ちを覚え始めたとき、疑問が湧いた。
「ねぇ、猫って日本語喋れるんでしょ? 猫と会話した人と か他にいないの? いまのあんたみたいに、暇だから人間と話す猫とかいそうだけど」
「いるぞ」
「そうなんだ。だったら、話題になりそうなのにね。猫と会話したことある人特集とか」
黒猫は大きなあくびを一つすると伸びをして立ち上がった。
「俺たちは人間と会話したあと、会話した人間の記憶を消す からな」
「へー……え、消すの? ってか消せるの?」
だんだん猫の概念が分からなくなってきた。猫は、実は日本語も英語も話せて、相手の記憶を消す能力もある。ただかわいいだけの存在じゃなかったんだ。
「人間が知っていること、見ていることが全てだと思うな」
黒猫は前足を伸ばし、田んぼに跳ね返った雫を見るように促す。
「あ」
跳ね返った雫は小さなウサギとなり、田んぼを渡ると山に向かって駆けていった。
ぽかんと口を開けたまま硬直する私に、黒猫は悠々と尻尾を振りながら不敵に笑った。
「知らなかった世界を知れて良かったな。でも、記憶は消させてもらうぜ」
黒猫の言葉に我に返る。せっかくの素敵な体験なのに、記憶消されちゃうなんて。
「ちょっと、待ってよ!」
「待たない。動物実験の標的にされるのはごめんだ」
黒猫はベンチから飛び降りた。
どうやら寝てしまったらしい。バスの停車音で目が覚めた。
雨はすっかり上がり、照り付ける夏の日差しが視界を眩ませる。
バスに乗り込もうとしたとき、一匹の黒猫が、バス停の端から私を見ていることに気が付いた。
見覚えがあるような気がしたけど、いつ出会ったのか記憶は定かではない。
私は黒猫に手を振り、バスに乗り込んだ。
ー終ー
朗読動画『雨と猫』
動画時間:約7分
あとがき
猫ってかわいいですよね。自由で、気ままで、それでいて甘えるときはすっごく甘えてきて。
猫は魔女の相棒に描かれたり、霊的な存在だといわれたりしています。見えないものが見えるとも聞いたことがありますが、実際に、なにもない空中をじっと見つめているのを見ると「なにかいるのかも?」と考えてしまいます。
幽霊って考えると怖いので「小さいおじさん」がいるのだと思うようにしています。それか、単純に「小さい虫」とかね笑