鬼部|名字に「鬼」がついたら強制入部!鬼の人権を獲得する部活

鬼部|名字に「鬼」がついたら強制入部!鬼の人権を獲得する部活

スポンサーリンク

こんにちは、松波慶次です。

コメディ×ショートストーリー『鬼部』の小説と朗読動画を載せています。

ぜひお楽しみください(^^)

目次

あらすじ

鬼山田透は、高校生活初日に担任の鬼瓦から「鬼部に入れ」と強制入部させられた。

鬼部は、鬼の人権〈鬼権〉を獲得するために活動している。名字に〈鬼〉の字が入る者は、鬼の末裔だから入部しなければならないとのこと。

先生と2人の先輩とともにビラ配りや署名活動を行うが、まったく意味がわからない……。

しかし、ある日父親から衝撃の事実を聞かされるーー。

小説『鬼部』

文字数:約8000字

 校舎がきれいで家から近い。ただそれだけの理由で森見沢学園への入学を決めた。男女共学はあえて避けた。合唱コンクールのときの女子の張り切りようが俺に合わなかったから。やる気を出すタイミングぐらい自分で決めさせてほしい。

「えー、では皆さん。これから森三沢学園の生徒として、誇り高く、真面目に、勉学やスポーツに励んでください」

 体育館で鏡餅みたいなシルエットをした桃川校長のありきたりな挨拶に欠伸が出そうになるのを堪えていたら、入学式が終わった。

 校舎の三階にある、一年二組の教室に戻る。一学年五クラス。一クラスに三十から三十一人の生徒がいる。窓際の一番後ろが俺の席。担任が来るまで校庭に咲く桜を見下ろしていた。男子校に進学する同級生は誰一人いなかった。寂しくないといえば嘘になるけど、高校生活は始まったばかり。部活だってあるんだ。そこで友達くらい作れるだろ。

 この学校の制服はブレザーだった。慣れないネクタイに少しだけ首元を緩めたとき、教室のドアが開いた。担任の鬼瓦吉就(よしなり)先生が入ってきた。銀縁で横長のメガネをしている。

「改めて、入学おめでとう。今後の授業や学校行事について説明していく」

 入学式前のホームルームですでに自己紹介を終えていた鬼瓦先生は、そのときと変わらず感情の読めない表情と抑揚で説明を始めた。

 このホームルームが終われば今日は帰れる。試験、体育祭、学園祭。どこの高校でもありそうな行事の話を聞きながら、早く終わることを願っていた。

 先生がメガネを指でくいと上げる。

「次に、部活動について。この学校では全員何かしらの部に入ってもらう。部活見学ができるのは明日の放課後から二週間。部活推薦で入学したやつ以外は、その二週間で部活を決めて、入部希望先の顧問に入部届を提出すること。期限までに提出しなかったやつは俺が勝手に部活を決める」

 どよめきが起き、すぐに止んだ。この先生なら本当に勝手に決めかねない。そう思わせる凄みが鬼瓦先生にはあった。

 すでに配られていた部活動一覧の紙を取り出す。サッカー部、野球部、バドミントン部……どの部に入ろうか。成長期のせいか食欲は増している。太らないためにも運動部がいい。でも土日も関係なく一日中身体を動かすような熱血さは求めてないからほどほどの活動量で、雰囲気も緩めのところ……。

 考えている間にホームルームは終わっていた。とっとと廊下に出ていくやつ、教室に残って友達と話をするやつ。鬼瓦先生の姿はすでにない。

 俺も帰るために席を立った。とりあえず陸上部か空手部あたりの、個人競技系の部活を候補にした。

 教室から出て廊下を進む。入学式には保護者も出席した。俺の母さんも含めて、いまごろ多くの保護者が外で自分の子供が出てくるのを待ってるはずだ。このあと写真を撮って、昼飯を食べて帰るという話になっている。

 階段に辿り着くと、壁に背を預けて腕を組む鬼瓦先生がいた。

「あ、先生。さようなら」

 会釈して前を通り過ぎようとしたとき「鬼山田(おにやまだ)」と名前を呼ばれた。

「はい?」

「お前、〈鬼部(おにぶ)〉に入れ」

「……はい?」

 脳内処理が追い付かなくて質問にもツッコミにもならずに同じ反応をしてしまった。先生は壁から背を離すと階段を上り始めた。

「ついてこい」

「え、ちょ! 待ってくださいよ!」

 慌てて先生のあとを追う。四階にはパソコン室や写真部、新聞部の部室と、空き教室があった。先生は一番奥の教室の前で足を止めた。

 オニブってなんですか。何をやる部活なんですか。

 ようやくまとまった質問をぶつけようと息を吸った。俺の様子を気にも留めずにドアを開けた先生のせいで、せっかく吸った息はただその場に吐き出された。

「連れて来たぞ」

 教室に入った先生は振り返ってあごをしゃくり、俺にも入るように促した。拒否や質問を受け付けてくれる気がまったくしなくてしぶしぶなかに入ると、教室の中央に集められてでかいテーブルみたいになっている机に、向かい合って座る二人の生徒がいた。一人は先生と同じくらい目つきが鋭い。もう一人はビー玉を思わせるほど丸い瞳をしていた。

「あ、えっと……鬼山田透(とおる)です。鬼瓦先生に連れてこられたんですけど……え、俺、どうすればいいんですか?」

 とりあえず自己紹介をしてしまった。まずは俺をここに連れてきた張本人に説明してほしいところだけど、知らない生徒二人の圧に負けた。

 目つきの鋭い生徒が立ち上がった。

「俺は鬼染(おにぞめ)香(こう)。三年で、ここ、〈鬼部〉の部長だ」

「俺は五鬼(いつき)陸っす。二年で副部長。いやー、今年の一年に〈鬼〉がいるらしいとは聞いてたけど、ほんとにいて嬉しいっすよ」

 丸い瞳……五鬼先輩がカラカラと笑う。頷く先生と鬼染先輩。いや、だから……。

「あの、すみません……どういうことか教えてもらってもいいですか? 俺、帰ろうとしたら先生にほぼ強制的に連れてこられて、状況が呑み込めてないんですけど……」

「わかった。まずは座れ」

 鬼染先輩が空いている椅子を指す。お誕生日席だ。俺一年だし、よくわからない部活だし、あまり座りたくない。逃げ出したら睨み殺されそうだから座ったけど。

 左手側から鬼染先輩、右手側から五鬼先輩の視線を浴びる。先生は窓側に置かれていた椅子に座って手と足を組んだ。先生からの説明はないようだ。

「鬼山田だったな。俺たちは鬼部。〈オニ〉は鬼山田と同じ〈鬼〉のことだ」

「鬼部……でも、部活動一覧には鬼部なんて書いてなかったと思いますけど」

「あぁ、書かれていない。この部は選ばれた者しか入れないからな」

「選ばれた者?」

「名字に〈鬼〉の字が入っている者だけが入部できる。いや、入部しなければならない」

「しなければ、ならない?」

 なんで強制されるんだよ。助けが欲しくて五鬼先輩を見る。その目は輝いていた。

「鬼山田くんがこの学校に来てくれて嬉しいっすよ。部員が二人、あとは顧問の鬼瓦先生しか戦力がなかったんで、心強いっす」

「戦力? え、何かと戦うんですか?」

「そうだ。俺たち鬼部は、鬼の人権……すなわち、鬼権獲得のために日々戦っている」

 おに……けん? 口を開けたまま固まる俺に構わず、鬼染先輩は続けた。

「鬼は、桃太郎や一寸法師で悪者として描かれている。節分でも鬼を厄だとして鬼は外と追い出そうとする。鬼ごっこもそうだ。鬼を悪とみなしているからみんな逃げる。これらは鬼のイメージを失墜させ、鬼が平穏に暮らすことを阻害する。いわば鬼が鬼として生きる権利を奪っているも同然だ。俺たちは鬼のために、鬼が悪者として描かれる昔話の改訂を求めたり、鬼を忌み嫌う行事の見直しや中止を訴えている」

 拳を握りしめる鬼染先輩の言葉に頭が痛くなってきた。このご時世に鬼って……。そんな架空の生き物のためになんで。

「なんで〈鬼〉の字が名字に入っていると、鬼部に入ってそういうことをしなくちゃならないんですか?」

「俺たちは鬼の末裔だからだ」

 精度のいいAIみたいに即座に返された。本気で頭を抱えたくなった。

「まぁ初めてだとまだわからないことも多いと思うんで、徐々に活動に慣れていきましょう。基本的に活動時間は放課後。だいたい十五時半から十九時まで。土日や学校行事がある日は状況によるっす。今日みたいに二、三年が休みの日でも、俺たちは鬼瓦先生に名字に〈鬼〉をもつ一年がいるって聞いたんで集まりました。こういうケースもあるっす。今日は俺たちもこのあと帰るんで、まずは明日、放課後来てください。いいっすね?」

 五鬼先輩から溢れ出る期待は、鬼染先輩とは違う断りづらさがあった。

「……わかりました」

「これからよろしく。一緒に鬼権を勝ち取ろう」

 鬼染先輩が手を差し出してきた。よく見ると少しだけ微笑んでいる。その手を握った。「よろしくっす」と言う五鬼先輩とも握手する。部室を出る俺の背中に先生の声が掛かった。

「明日から気張っていくぞ」

 *

 夕飯での話題は森三沢学園の入学式についてだった。仕事で参加できなかった父さんのために、面倒くさがる俺に代わって母さんが話して、ほかの生徒や鬼瓦先生がどんな感じかとか俺しか知らないことは質問されれば俺が答えた。

「で、部活はどうするんだ?」

 刺身をつまみながらグラスで日本酒を飲む父さんの顔はすでに赤い。いつものことだけど、にこにこと機嫌がいい。

「あんたあんまやる気ないから、活動量の少ない文化部とか?」

 さすが親。少し惜しいけど俺のことをよくわかっている。でもすでに部活は強制的に決められたんだよ。

「陸上部にする。運動はしたいから」

「おぉ、陸上部か。太らなそうだな」

「リレーじゃなければ個人競技だし、あんたがあんま練習しなくても自業自得で済みそうだしね」

 鬼部なんて俺でも理解できていない部活に入るなんて言ったら、何をするのかとか根掘り葉掘り聞かれる。それは俺も困るしそもそも恥ずかしくてできれば言いたくなかったからごまかした。

「ま、高校生活、満喫しろよ。青春は一瞬だぞ」

 父さんは自分の青春時代を思い出しているのか、少し遠い目をしたままグラスに口をつけた。

 俺の青春……鬼権を獲得する活動で消えるのか。

 零れそうになる溜め息をお茶を飲んで押し戻した。

 *

「鬼の権利獲得にご協力をお願いします!」

「この世に蔓延っている〈鬼は悪〉という既成概念を壊すために、署名をお願いします!」

 十八時で帰宅ラッシュを迎えている駅の改札口。鬼染先輩と五鬼先輩は声を張り上げながらビラを配っていた。そこには泣いている赤鬼の絵と、〈鬼にも安心して生きる権利を!〉、〈鬼権の獲得にあなたの署名が必要です〉と書かれている。俺は署名用の紙を挟んだクリップボードを持ちながら、誰かが署名してくれるのを待っていた。すでに一時間経過しているのにまだ誰の名前も記入されていない。

 十五時半に部室に行ったらすでに鬼染先輩と五鬼先輩がいて、活動内容を説明してくれた。人通りが多いところでのビラ配り、署名活動。土日も地域で大きなイベントがあれば参加して署名を募るらしい。あとは鬼を厄としている寺社仏閣、節分で撒く豆を作るメーカーや鬼を悪者として描く本の出版社とかへの抗議文の郵送もしくはメール送信。鬼が悪者ではないこと、本当は優しいことを訴える街頭演説。鬼部の活動をまとめたブログ更新やSNSでの情報発信……。

 ほかにもいろいろ言っていた。思っていた以上にしっかりと活動しているくせにその必要性がわからなくて、途中から今週末のテストのことを考えていたから覚えていない。

 ビラを用意し、配る場所と役割を決めたあと、十六時半過ぎに学校を出て十七時頃に駅に着いた。

 学校に帰ったら反省会をして十九時には解散。通行人から笑われたり猛スピードで目を逸らされたりするのも、あと少しの辛抱だ。今日のところは、だけど……頑張れ俺。

 駅構内や近隣の店にビラを置いてもらえないか頼みに行っていた鬼瓦先生が戻ってきた。

「調子はどうだ?」

「ビラを受け取ってくれる人は多少はいますが、署名は誰も……」

「そうか。そろそろ引き上げ――」

「あの……」

 スーツ姿の男性が声を掛けてきた。社会人になったばかりだろうか、十代にも見えるその人は遠慮がちに言った。

「署名……したいんですけど」

「え、しょ、署名ですか⁉」

「ありがとうございます」

 申し入れに驚く俺の前に出た先生は、丁寧に頭を下げた。慌ててクリップボードとペンを男性に差し出す。さらさらと署名してくれた。その名字に〈鬼〉の字はなかった。

「あの……なんで署名してくれたんですか?」

 聞かずにはいられなかった。男性は、署名活動をしている本人がなんでそんなことを疑問に思うんだと不思議そうな顔をしたあと、ためらいなく答えた。

「鬼って、かわいそうじゃないですか。俺も昔から、本とか通説とかで鬼が一方的に悪者扱いされてることに理不尽さを感じてたんですよ。俺が署名することで彼らが少しでも生きやすくなるなら、名前くらい書こうかなって」

「……ありがとうございました」

 男性は人助けをしたあとのように足取り軽く帰っていった。

「やったな」

 先生がふっと頬を緩めた。いつの間にか鬼染先輩が隣にいて、俺の肩をぐっと掴んだ。

「俺たちの頑張りは無駄じゃない」

 今度は腕を叩かれた。五鬼先輩が歯を見せて笑う。

「例え一歩ずつでも、こうやって前に進んでいくっす」

 鬼部の意味も活動もいまだに理解できないけど、先生と先輩たちの温みはわかった。

 *

 部室に戻ってビラの配り方や声の出し方、表情の課題や改善点を議論していると、桃川校長が入ってきた。

「……ノックぐらいしてください、校長」

 鬼瓦先生が侵入を阻むように立ち塞がる。先輩たちも校長を睨んでいた。

「鬼瓦先生、またビラ配りをしたそうじゃないですか。前にも、苦情があったからやめてくださいって言ったでしょ?」

「迷惑にならないように活動しています。それに、俺たちの念願を叶えるにはビラ配りや署名活動は有効な手段のひとつです。やめるわけにはいきません」

「あなたたちのわけのわからない活動が、森三沢学園の格を落としてるんですよ。何度言わせるんですか」

「何度言われても、俺たちは屈しません。鬼権獲得のために奮闘します」

 先生と校長はしばらく目でけん制し合ったあと、同時に背を向けた。先生は何事もなかったかのように元々座っていた椅子に戻った。校長は部室を出ていこうとして、足を止めると俺を見た。

「君、一年生だね? きっと入部を強制されたんだろうが、気にすることはない。こんな部活、早く辞めてよそに移りなさい。君のためだ」

 心配とも警告ともとれる言葉を残し、校長は今度こそ出ていった。

「……今日はここまでだ。また明日頑張ろう」

 鬼染先輩が場を締めた。帰り支度をして先輩たちと一緒に校門まで歩いた。

「五鬼、鬼山田、気をつけて帰れよ」

「うっす! 明日も気合入れてきましょう!」

「はい。先輩もお気をつけて」

 先輩たちがどこに住んでいるのか、どうやって通学しているのかは知らない。俺たちはバラバラに分かれてそれぞれの岐路に着いた。

 校長の言っていたことを聞ける雰囲気じゃなかった。でも不思議と聞く気は起きなかった。苦情が来ることは想定できる。

 それよりも、毛布をかけると言っておきながら針の筵をかけてくるような、薄ら寒いものを校長に感じた。だから校長の言葉に素直に従う気も起きなかった。

 *

 夕食中、母さんが「あ!」と叫んだ。

「そうだ! 透、あんた陸上部でしょ? シューズ買わなきゃじゃない? 部活はもう始まったの? いつまでに必要?」

 質問多すぎ。それに俺は陸上部じゃない。

「そうだ、靴がいるだろ? 靴ごと入れる部活用のバッグとかもいるんじゃないか?」

 相変わらず日本酒をお供にしている父さんも話に入ってきた。嘘を貫くために靴を買ってもらうのも金がもったいない。白状することにした。

「実は、俺、陸上部じゃないんだ」

「え、じゃあ何部?」

「まさか写真部か⁉ 一眼レフカメラが必要なのか⁉」

「いや……鬼部なんだ」

「オニブ?」

「〈オニ〉って、あの、角の生えた鬼か?」

「うん、そう……なんかさ、名字に〈鬼〉の字が入っている人は鬼の末裔だから、鬼の人権、鬼権を獲得するために活動するってことで、強制的に入部させられたんだよね。笑っちゃうしょ。やっぱおかしいよね、ははは」

 泣けもしないシーンで泣いて若干引かれたような空気を変えたくて、つい矢継ぎ早に喋ってしまった。

 母さんは口元を手で覆って固まっている。父さんは、日本酒の入ったグラスを静かにテーブルに置くと表情を消した。

「あ、なんかごめん。忘れて」

「ついに知ったか」

「え?」

「透。俺たちは鬼の末裔なんだ」

「は?」

「まさか鬼権を獲得する部活動をしているなんて……私、あんたのこと誇りに思う」

「ごめん、ついてけないんだけど。鬼の末裔ってほんとなの?」

「あぁ。こんなこと、冗談じゃ言わない」

「むしろ冗談であってほしいんだけど」

 まさか鬼部の存在が、活動が、こんなすんなりと受け入れられるなんて。しかも母さんはティッシュで目元を拭いている。泣いてる? なんで⁉

「鬼は悪者だなんだと一方的に虐げられている。いまも昔もだ。鬼の末裔のなかには、お前がいま入っている鬼部のように鬼権獲得のために活動する者もいた。だが敵は多い。一匹のライオンがヌーの群れに立ち向かうようなものだ。いつしか鬼権を訴えなくなり、静かに暮らすようになった。俺や、旧姓が〈鬼陣(きじん)〉の母さんのようにな」

「じゃあ、母さんも鬼の末裔ってこと?」

「そう。独身のとき、鬼権活動をしようとしたけど、周りの、同じ鬼の末裔たちに止められたの。どうせ邪魔される。大人しくしていたほうが理想の人生を歩めるぞって」

 話も空気も重い。でもようやくわかった。鬼部の活動は、無意味じゃないってことが。

「透」

「何?」

「鬼権がなくて涙を流した仲間のため、鬼権を得ようと戦って散った仲間のために、頼んだぞ」

 引き締まった父さんの顔は、恐ろしくも威厳のある鬼のようだった。

 *

 三か月も経つと部活動にも慣れ、活動終わりに鬼瓦先生や先輩たちとご飯を食べ行くようにもなった。

 まだ先輩たちほど身が入っているわけじゃないけど、鬼権を獲得できたらいいなくらいには思えるようになっていた。

 その日もいつものように部室へ行くと、誰もいなかった。休みなのか、今朝からいなかった鬼瓦先生はともかく、先輩たちはいつも十五時半には確実にいるのに珍しい。

 待っている間、ビラの準備をしておこうと備えられた引き出しを開ける。カラだった。ほかの引き出しも開ける。署名用の紙も、ビラ配りポイントが記されている地図も、鬼にまつわる資料も、すべてなかった。

「なんで……」

「これで君も気兼ねなく辞められるだろ」

 背筋が冷たくなった。この声は……。

「桃川校長……」

 いつの間に部室に入ってきたのか。校長は、計画どおりに事が運んだとでもいうように満足げだった。

「どういうことですか? 部で使ってたものはどこへ?」

「捨てたよ。鬼部は今日で廃部だ」

「廃部?」

「あぁ。昨日付けで、鬼瓦先生は解雇、鬼染くんと五鬼くんも退学させた」

 音が遠くに聞こえた。呼吸も止まる。心臓の鼓動ばかりがやけに大きい。

「鬼瓦先生と鬼染くんで始まった鬼部。本当はすぐに潰したかったが、どうせなら鬼染くんが三年生になってからのほうが進学するにせよ就職するにせよ彼にとってダメージがでかいと思ってね、ずっとこのときを待ってたんだよ。熱心な五鬼くんも邪魔だったから、ついでに消えてもらった。君は一年で、まだそんなに毒されていない。こっちに戻ってこれると思ったから、情けをかけたんだよ。明日には別の部活に入りなさい。そして、鬼部のことは忘れなさい」

「どうして、そこまで……」

「私はね、桃太郎の子孫なんだよ。私にとって鬼権なんて認められるものじゃない。そんなことになったら、桃太郎が悪者にされる恐れもある。わかるかい? 悪者役の鬼は悪者のまま、洞窟の奥深くにでも籠っていればいいんだ。いや、そもそも……」

 一呼吸置いて、弾んだ声で言い放った。

「鬼なんて滅ぶべきなんだ」

 校長が出ていき物音ひとつしない部室で、俺はしばらく立ち尽くしていた。

 *

「鬼権獲得にご協力をお願いします!」

 帰宅者で混雑する駅の改札口でビラを配る。首から署名用紙を挟んだクリップボードを下げながら、目の前を通り過ぎる人にビラを渡していく。

 俺が鬼部の新部長として、鬼瓦先生の……鬼染先輩と五鬼先輩の……全鬼の末裔の意志を継ぐ。このままで終わってたまるか。

 手に持っていたビラの束を誰かにとられた。警備員が注意しに来たのかと警戒しながらその人物を見ると、三か月ほど前に署名してくれたスーツ姿の男性だった。

「俺も手伝いますよ」

「……ありがとうございます!」

 鬼の末裔以外にも、協力してくれる人はいる。

 一歩ずつでも、前に進んでいくんだ。

朗読動画『鬼部』

朗読動画『鬼部』は前後編にわかれています。

前編

動画時間:約12分

後編

動画時間:約14分

あとがき

節分と言えば、恵方巻。恵方巻、美味しくて大好き。

ただ、問題点が。その年の恵方を向きながら「無言で」食べる。私は毎年実践しているのですが、恵方を向き、もくもくとただひたすら無言で食べると、食べ終わるのが早い。

すなわち、満腹中枢が刺激されず、恵方巻を一本まるまる食べ終わっても、「お腹空いた」となる。恵方巻の大きさや具材にもよりますが、ご飯一膳分以上は食べてるはずなのに「お腹が満たされない」のは、気持ち的にも摂取カロリー的にも問題があります。

なるべく噛んで食べるようにはしても、「恵方巻早く食べ終わってお腹が満たされない問題」は生じてしまう。これは節分の日の宿命か。

松波慶次の著書一覧はこちら

松波慶次のほかの無料小説はこちら

スポンサーリンク

鬼部|名字に「鬼」がついたら強制入部!鬼の人権を獲得する部活

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次