こんにちは、松波慶次です。
サスペンス×ショートストーリー『あるバーでの会話』の小説と朗読動画を載せています。
ジャズが流れているゆったりとしたバー、いいですよね。
あらすじ
女がカウンターでウィスキーをロックで飲んでいた。男はその隣に腰かける。
元恋人同士だった彼らは、失恋してこのバーに来た。
「なぜ失恋したのか?」
ただの慰め合う会話……かと思いきや、言葉の端々には不穏な気配が漂っていたーー。
小説『あるバーでの会話』
文字数:約2500字
女が座っていた。バーテンダーがグラスを丁寧に拭いている正面のカウンターでウィスキーをロックで飲んでいる。店内にはゆったりとしたジャズが流れ、客はほかにいない。 いましがた入ってきたばかりの男は女の隣に腰掛ける。
「マスター、彼女と同じものを」
バーテンダーはにこりともせず頷くとグラスを用意し始めた。
「……あなたがここに来るってことは、また失恋でもしたの?」
「君に言われたくないな。君もそうなんだろ?」
女はグラスを傾けて艶やかな真っ赤な唇につける。細い喉を小さく隆起させて一口飲んだ。離したグラスには口紅の跡がうっすらと残っている。
「そうよ。まさか失恋した日に、二度も同じ場所で会うなんてね」
「でも前回は違ったよ。あのときは、僕たちはそのあと付き合った」
「初対面だったのに失恋した者同士で雰囲気に惹かれたのか、どちらからともなく話しかけたものね。まぁあなた、そこそこルックスがいいから、そこに惹かれたのもあるけど」
「急に褒めるなよ、照れるから。そういう君も、美人だよ。悲しみで洞窟の奥深くのように深い闇に覆われた僕の心にぽっとランタンを灯してくれた。だからつい今日みたいに君の隣に座って、話しかけてしまったんだ」
グラスが男の前に置かれた。琥珀色の液体は頭上の照明を反射して輝いている。
男はグラスを手に取り、少し回して氷をカランカランと鳴らしたあと一口飲んだ。
「うまいな」
「なんで失恋したの?」
女はカウンター内の棚に並べられた酒のボトルを眺めながら聞く。興味のないように見えても、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「まさか、あのインテリアのせい?」
「そうだよ。まさしく君の言う通りさ。新しく付き合った子を家に呼んで、僕のコレクションを見せたら驚いちゃって」
「それはそうね。だって悪趣味だもの」
「君には言われたくないな。君はなんで失恋したの?」
もう一口飲んで女を見ると、肩を揺らして笑っていた。
「私は悪趣味じゃないわ。でも、私も彼を家に呼んで、冷蔵庫の中を見せたら引かれた」
「同じじゃないか」
「違う。私のほうが芸術性がある」
「僕のほうがインテリアにもなるんだよ」
「それでフラれてるんじゃない」
「なかなか同じ趣味の人に巡り合えないんだ」
カラン。氷が溶けた軽い音が響く。女と男は同時にグラスを取ると飲んだ。女は二口。男は一口。女のグラスはもうすぐ氷だけになる。
「思えば、私たちが別れたのもお互いの趣味が原因よね」
「そうだね。君に初めて僕のインテリアを見せたとき、口をあんぐりと開けて驚いたときは今回もダメかなと思ったけど……」
「そのあと、私の家にそのままあなたを連れていって、冷蔵庫の中身を見せたら同じような顔をしたわよね。私はそのとき、あ、この人とは合わないって思ったんだけど。そもそも、あのインテリアを見たときから私は趣味が悪いと思っていたんだけどね」
「僕には君のほうが信じられないよ。だってどう考えても邪魔じゃないか。保存方法だって面倒だし」
「リアルさよ、リアルさ。あなたのは一部だし、作り物だし。それにやっぱインテリアにはそぐわないわ。私、あの横にかわいい犬の絵画を飾っているあなたの神経がわからなかった」
「犬が好きなんだ」
「私も好き。だから余計に合わないって思ったの。私だったら、犬だけの写真で壁を埋めたい」
「そしたら僕のコレクションを見せる機会がなくなる」
「ひっそりと楽しめばいいのに。私はそれで十分楽しい。ときどき撫でたりしてね。声も聞こえてくる気がするの」
「それは僕もだよ。壁にかけてあるから、テレビを見てるとそっちからも声が聞こえてくる気がする」
「気が散りそうね」
「実際は聞こえないけどね」
男がウィスキーを飲む。空になった。
「マスター、おかわり。君は?」
「私はいいわ。もう三杯目だもの」
「しばらく前からいたんだね」
バーテンダーが空のグラスを下げる。
「それで。あなたのインテリアを見た失恋相手をどうしたの?」
「そりゃ、帰ろうとしたから引き止めて、静かにしてもらったよ。あまりにも大きな声を出すものだったから、つい力が入りすぎちゃったけど」
「じゃあいいものができたんじゃない?」
「そうだね。とても素敵なものができた。コレクションが増えたね」
「飾ったの?」
「もちろん」
グラスが置かれた。男はすぐに一口飲む。
「やっぱうまいなぁ。で、君は失恋相手が思うような反応をしなくて、どうしたの?」
「私の相手は声は出さなかったけどすぐに帰ろうとしたから、いつもみたいに注射器で大人しくなってもらったわ。身体は傷つけたくないから。はぁ。ショックよ。今度こそ受け入れてもらえると思ったのに」
「好きだった?」
「好きだった」
「僕も好きだった」
「なかなか同じ趣味の人には会えないものね」
「やっぱ君の趣味は変わってるんだよ」
「あなたに言われたくないわ。ねぇマスター」
女がグラスを磨いているバーテンダーに呼びかけると、目だけを向けてきた。
「デスマスクと蝋人形だったら、どっちが悪趣味だと思う?」
「やっぱ蝋人形だよ。毒で殺した相手に蝋をかけて冷蔵庫に保存しとくなんて、身体がそこにあるんだからなんだか気持ち悪いよ。それに蝋をかける理由もよくわからない」
「蝋をかけたほうが綺麗なのよ。私は首を絞めるときに苦しみに喘ぐ顔をマスクとして残しとくほうがどうかしてると思うわ。見ていて気持ちのいいものじゃない。しかもそれをリビングに飾るなんてね」
「頭ごととっとくと邪魔だし、気持ち悪いよ。デスマスクは死に際の美しい顔をコンパクトにとっておけるから、ちょうどいいんだ」
「……私は」
バーテンダーが口を開いたところで二人は口をつぐんだ。次の言葉を待つ。
「生きている人間を飼うほうが好きです」
「答えになってないし、一番悪趣味ね」
残っていたウィスキーをぐいと飲み干すと、静かにグラスを置いて額に手を当てた。
「どこにいるのかしら。私の趣味を一緒に楽しんでくれる人は」
「気長に探そうよ。そのうちきっと出会えるさ。今度婚活パーティーに参加する予定なんだけど、君も一緒にどうだい?」
女は男の質問に答えず、空になったグラスを名残惜しそうに見ると、「マスター、おかわり」とグラスを差し出した。
朗読動画『あるバーでの会話』
動画時間:約8分半
あとがき
お酒は好きで、一番好きなのは芋焼酎ですが、基本的になんでも飲みます。
昔、当時の職場の先輩に連れていってもらったお店で、ショットガンというお酒を飲みました。ショットグラスとカットレモンが出てきて、先輩に「レモンを噛んで果汁を口に含んだあと、手を被せてグラスを持ち、ガンッとテーブルに叩きつけたらすぐに飲むんだよ」と教えてもらい、実際にやり方を見せてもらってから私もやってみました。
レモンをジュッと口に含み、グラスをテーブルにガンッとすると、中身がじゅわじゅわと泡立つのですぐさま一気飲み。レモンのすっぱさとお酒がマッチしてものすごくおいしい。飲み方も楽しいしで、3、4杯飲んでしまいました。
あの形式のショットガンを出すお店を他に知らなくて、そもそもショットガン自体を出しているお店も私はなかなか出会わなくて、珍しくショットガンがある店に当たったからワクワクしながら頼んでみたら、ショットでもない、ロックグラスのようなもので出てきたし、レモンもないしで、「あぁ……」と残念な気持ちに。
レモンがついて、テーブルにガンっとするショットガンを、また飲みたい。そういうお店にまたいつか出会えることを楽しみにしています。
