新月のサーカス団|”人間ではない”奇怪なサーカスに出会った少年たちの運命

新月のサーカス団|”人間ではない”奇怪なサーカスに出会った少年たちの運命

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こんにちは、松波慶次です。

ファンタジー×ショートストーリー『新月のサーカス団』の小説と朗読動画を載せています。

人間ではない生き物たちがやっているサーカス、あなたは見たいですか?

目次

あらすじ

家政婦が話していた都市伝説〈新月のサーカス団〉。何やら、新月の夜、人間ではない、妖怪のようなものがサーカスを行うらしい。

俺はちょうど新月だったその日の夜、庭師の息子・和人を誘ってサーカスがやりそうな円山丘に行ってみた。辿り着いても何もない。

諦めて帰ろうとしたとき、後ろから煌々と明かりが。振り返ると、さっきまでなかったサーカステントが建っていた。

テントから出てきたのは、腕が4本ある男……噂は本当だった!

小説『新月のサーカス団』

文字数:約8000字

 額に三つ目の目玉がある赤いレオタード姿の女が一輪車でロープを渡る。地上からの高さは20メートル。命綱はない。両手でバランスを取りながら颯爽と走り抜けた。

 全身毛むくじゃらのゴリラみたいな男が刀でジャグリングをする。最後はまとめて口の中に入れた。自分の喉が痛くなる感じがして「おえ」と声が出たけど、男は平気な顔をしてまた刀を取り出した。しっぽで刀を掴んで深々と礼をする。

 青いスライムのような粘っこい液体が跳ねて、轟轟と燃える火の輪をくぐる。最後の輪くぐりに失敗してスライムに火がついた。スライムは慌てたように跳ねて地面に身体をつけて火を消そうとしていたけど、火はどんどん燃え広がりスライムごとパッと消えた。

 どこに行ったんだろうと辺りを見回すと、いつの間にか頭上の、さっき女が一輪車で綱渡りをしていたロープの上にいた。

 俺と和人はパチパチパチと拍手をする。広いサーカステントの中で客席から2人だけの拍手は空疎なものだったけど、団員たちは満足そうだった。

「どうです? 楽しんでいただけてますか?」

 俺の隣に座る団長がにこやかに聞いてくる。右の上の手はハットのつばを摘まみ、下の手はステッキを持ち、左の上の手は俺たちのほうに広げて、下の手は左の腿の上に置かれている。

「うん! めっちゃ楽しい! な、和人」

「うん、楽しいよ!」

 団長は「それはよかった」と笑った。

*

 そのサーカス団のことを知ったのは、家政婦たちがきっかけだった。食堂におやつを取りに行ったら、2人の家政婦が料理をしながら話していた。

「そういえば、最近うちの子が都市伝説? オカルト? っていうの? そういうのにハマっちゃって」

「あー子供ってそういうの好きよね。私の子もそうよ」

「なんでも、いまハマってるのは〈新月のサーカス団〉なんだって」

「なにそれ?」

「新月の日の夜に現れるサーカス団とかなんとか。そこでは、人間ではない、妖怪みたいなのがサーカスやってるんだって」

「新月って、確か月が太陽と同じ方向にある日のことよね? 月は太陽の光を反射して光るから、太陽と同じ方向にあると見えない」

「そうそう。そんな月明かりのない日に奇妙なサーカス団が現れるんだとか」

「子供が好きそうな話題ねぇ」

 呆れたように笑うと、話題が夫の愚痴になったからその場を離れた。

 もうおやつのことは頭から消えていた。部屋に戻りカレンダーを確認する。ちょうど今夜が新月だった。

 庭に出る。和人は父親であり庭師であるおじさんのそばで仕事を見ていた。

「和人」

「あ、彰くん」

「これはこれは、彰坊っちゃん。どうしました?」

「おじさん、もう俺10歳だよ。坊っちゃんって言い方やめて。彰様でいいよ」

「ははは。和人と同じ年にお生まれになってからずっと成長を見守ってきたので、坊っちゃんって呼ぶほうが私はしっくりくるんですよ」

「まぁいいや。和人借りてくね」

 和人を手招きすると、眼鏡の奥にある小さな目をきょとんとさせながらついてきた。

 廊下に誰もいないことを確かめてから自室に入る。

 ベッドに座り、和人を目の前の床に座らせる。

「和人、今夜新月のサーカス団探しに行くぞ」

「なにそれ?」

「お前知らないのかよ! 新月の夜にしか現れない、妖怪のサーカス団だよ! こりゃ、発見したら俺たち学校でヒーローになれるぞ!」

「新月って?」

「あーもう!」

 さっき知った新月の意味を聞かせると、和人は目を伏せた。

「でも、夜は僕家出られないよ。お母さんたちに心配かけちゃうし」

「こっそり抜け出すんだよ。俺もこっそり抜け出すから、今夜23時、円山公園に自転車で集合な」

「でも……」

 まだ渋る和人にいい加減イライラしてきた。俺は立ち上がり、もっと高い位置から和人を見下げる。

「いいから言うこと聞けよ。父さんに言って、お前の父さん、クビにしたっていいんだぞ」

「そ、それは困るよ。お父さん、彰くんの家の庭師、気に入ってるみたいだし……」

「じゃあ決定な。来なかったら覚えてろよ」

「う、うん……」

*

 その日の夜。円山公園に着くと和人が植木に隠れるように待っていた。

「お前、なんでそんなところにいんだよ」

 こんな時間に子供が外出しているとバレたら警察に通報されるかもしれない。俺が小声で話しかけると、和人も潜めた声で応えた。

「近所の人に見つからないように。怒られたくないから」

「じゃあとっとと行くぞ」

「どこへ?」

「円山丘。あそこは明かりもなくて暗いし、夜には人も来ないだろうし、サーカス団がテントを張るにはちょうどいい広さだから」

 完璧に当てずっぽうだった。ほかに候補になりそうなところがなくて、とりあえず円山丘に行ってみようと思っていた。

 「わかった」と了承した和人を連れて円山丘に向かう。公園から自転車で二十分ほどの距離だ。静かに自転車を漕いでいると、だんだん周りに家が少なくなってきて、電灯ひとつない円山丘に着いた。

 新月の日でも星明りがあるから周囲は見回せる。サーカスのテントはないし、人っ子ひとりいなかった。

「彰くん、なにもないよ。帰ろうよ。明日学校だし」

「ちぇ。そうだな。つまんねーの」

 自転車にまたがろうとしたとき、後方から明かりが差した。

 和人と同時に振り向くと、電飾が賑やかに煌めくサーカスのテントがあった。

「え?」

「嘘」

 驚きの声も若干和人の方が早かったけどほとんど同時だった。

 テントを凝視していると入り口から人影が近付いてきた。

「ようこそ、私のサーカス団へ。私はこのサーカス団の団長です」

 ハットを被った中性的な顔。高くも低くもない声。性別がわからなかった。身体は女のように細く、着ているジャケットはくびれが強調されているけど、長袖でも腕の筋肉が目立った。どちらかというと男か? いや、それよりも……。

「腕が、4本……」

 身体から腕が4本生えていた。右の下の手でステッキを持っているけど、ほかの腕は〈歓迎〉を表すように身体の前で開かれている。

「そうです。私たちのサーカス団は不思議な者の集まり。全員人間ではありません」

 噂が本当だったこと。いま目の前に実在していること。急いで逃げたほうがいいのか、ここに留まって未知の出来事を体験すべきか、心臓をうるさく鳴らしながら考えていた。

「あ、彰くん……」

 和人が俺の服を掴む。声も手も震えていた。

 団長は俺たちの感情を見透かしたようにふっと笑うと、右の上の手でハットをとりながら深くお辞儀をした。

「怖いですか? 怖いですよね。でもせっかくなので見ていきませんか? 私のサーカス団はとても優秀です。ご覧のとおり、あなたたちは一生かけても見られないような者たちを今夜限り、見られるのです。気になるでしょう?」

「あ、でも、俺たちは……」

 気になる。4本の腕がある男。そいつが目の前にいる。テントの中にはどんな生き物がいるのか。せっかく都市伝説のサーカス団に会ったんだから、ちゃんと最後まで見たほうが周りに自慢できる。すげぇだろって言える。ここで中途半端に帰って周りに話しても、作り話だと思われるかもしれない。

「彰くん、帰ろうよ!」

 服が引っ張られる。団長が首を傾げながら誘うような目を向けている。

「見ます」

「彰くん!」

「どうぞこちらへ。楽しんでいってくださいね」

 団長が踵を返し、テントの中へ入っていく。

 俺はいまにも泣き出しそうな和人に向き直りその肩を掴んだ。

「行くぞ和人。ここで帰るなんて言ったら、お前の父ちゃんにお前が今日家抜け出したことチクるからな」

「え! でもそれじゃ彰くんだってーー」

「俺はお前に脅されたことにする。みんな俺の言うこと信じるから、怒られるのはお前だけだぞ」

「そんなぁ」

 嫌がる和人の手を引いて俺たちもテントの中へ入っていった。

 中心のステージを囲うように、円型に並べられた誰もいない客席。一番ショーが見やすそうな位置に団長が座っていて手招きしてきた。

 俺たちが座ると「では始めますよ」と落ち着いた声を発して、左右の上の手を二回拍手をするように叩き合わせた。

 人間がひとりも登場しないショーが始まったーー。

*

 サーカスを見ている途中から恐怖心なんてなくなっていた。きっと和人もそうだ。サーカステントが現れたときは泣きそうだったのに、ショーが終わったいまは目を輝かせて笑顔を浮かべている。俺も胸が熱くなっていて、もう一度見たいとさえ思っていた。

「いやぁ、楽しんでいただけたようでよかったです」

 団長とともにサーカステントの外に出る。笑顔の団長に俺らも笑顔を向ける。

「楽しかったよ! ありがとう!」

「僕も、楽しかったです」

「いやぁ本当によかったよかった。ではここらで入場料をもらいましょうか」

「え、お金とるんですか!」

 あっさりとテントの中に招かれたからてっきりタダかと思っていた。でもいくら奇怪なサーカスといったって、サーカスにはサーカスだ。お金くらいとるか。

 またしても泣きそうになる和人を横目に見ながら慌ててポケットから財布を取り出す。一応持ってきておいてよかった。お小遣いがまだ5万円ほど入っている。足りないことはないだろう。

 一万円札を取り出したところで、団長が「いえいえ」と言いながら首を横に振った。

「私のサーカスの入場料は、お金じゃありません。人間です」

「え?」

「私たちの主食は人間なので、あなたかあなた。どちらかがここに残ってください。それで十分です」

 最初の〈あなた〉で俺を指差して、次の〈あなた〉で和人に指が動いた。すぐには理解できなかったけど、団長が俺たちのどちらが生贄となるかをにこにこしながら待っている間にようやく追いついて頭から血が引くのがわかった。

 和人は理解しているのかわからない。何も言わない。ただ震えながら団長を見ている。

 俺は一歩下がって和人の背中を思いきり押した。

「こ、こいつを残します」

「え、彰くん⁉」

「眼鏡の子が入場料ですね」

「はい!」

「ま、待ってよ! それって、僕食べられちゃーー」

「俺はシノダグループの跡取りなんだよ! お前はただの庭師の息子。俺の方が価値が高いのわかんだろ!」

 一目散に停めておいた自転車に向かって走った。後ろで和人が何か叫んでいる。

 自転車に乗るときに気になって振り返ると、口角を上げ冷たい目をした団長が俺を追いかけようとする和人の身体を4本の腕でガッチリと抑え込んでいた。

 和人は泣きながら「彰くん! 彰くん!」と叫んでいる。すでに声が枯れていた。

 自転車に乗り、今度は一度も振り返ることなく家に帰った。

*

 時刻は7時。目覚めるとベッドの中にいた。俺の部屋。何も変わりはない。無我夢中で自転車を漕いだ気がするけど、ベッドの中に入った記憶は曖昧だった。

 父さんも母さんもいつも通り仕事に出かけ、俺は家政婦の作った料理を食べ、学校へ向かった。

 和人は登校していなかった。昨日の出来事は夢だったんじゃないかと思ったけど、ホームルームで和人が行方不明であることを知った。

 円山丘に和人の自転車が倒れていたこと、朝、母親が和人の寝室を覗いたときにはもう姿がなかったことから、昨晩和人はなぜか家を出て円山丘に行き、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかという推測が広まった。

 昨日のことを父さんや母さんに話そうかと思ったけど、俺は昨日の夜から一度も外には出ていないことになっていた。母さんの話では、23時半ごろに俺の寝顔を見ようと寝室に来たら、俺はぐっすりと眠っていたというのだ。

 和人の父さんは和人がいなくなってからも専属庭師として働き続けた。ただ以前の明るさは消えて、終始虚ろな表情で仕事をするようになった。

 俺は怖くなって誰にも話さなかった。

*

 父さんから「そろそろシノダグループを任せてもいいかもな」と言われ、「ぜひ」という言葉を飲み込み照れ笑いを浮かべた。

「そんな、俺はまだまだですよ」

「何言ってるんだ彰。アキノグループのご令嬢と婚約し、家庭も後継ぎも盤石になったんだ。会社を背負える余裕もできるだろうし、背負ったほうがお前にもいいプレッシャーになって、実力を発揮しやすいだろ」

 父さんの書斎に呼ばれたら、予想通りの話をされた。

 和人がいなくなった日から20年。俺は横道にそれることなく父さんの息子として、シノダグループの次期社長としての地位を手に入れ、いま、社長の座も俺のものになろうとしている。

「父さんのご期待に添えるように、日々精進します」

 お辞儀をして書斎を出る。自室に向かうと、隣の部屋から婚約者の秋野茉由が出てきた。手に何か持っている。

「お義父さん、お話なんだった?」

「俺にそろそろグループを任せようかなって」

「すごいじゃん! 彰さん、期待されてるんだね」

 カラカラと笑うあどけない茉由がかわいくてその髪を撫でようとしたとき、「そうそう」と手の中のものを渡してきた。

「これ。さっき家政婦さんが持ってきてくれたんだけど、彰さんいなかったから預かっといた。手紙みたいよ」

「手紙?」

「うん。差出人の名前はないし切手も貼られてないから直接郵便受けに入れられたみたいだけど、彰さん宛」

 篠田彰様と書かれた真っ白い封筒を受け取る。妙な胸騒ぎがした。

 ありがとうと礼を言って自室に入り開封する。一枚の、これまた真っ白な紙に文字が書かれている。

〈招待状 次の新月の夜、例の場所でお待ちしております。 団長〉

 忘れたくても忘れられない記憶が鮮明に蘇る。スマートフォンを取り出して次の新月の日を調べると、今日だった。

 行きたくない。行くしかない。行かなければならない。行くべきじゃない。

 感情がドロドロに混ざり合う。胃の中のものがせり上がってきた。必死で口を押さえて堪える。

 選択肢なんて、最初からない。

*

 日付をまたぐ数分前に円山丘にやってきた。遠目からじゃ何もなかったはずなのに、いま目の前にはあのときと同じサーカステントが建っている。

 煌々と光るテントの入り口に人影。ゆっくりと近づいてくる。

 4本の腕に、中性的な顔、歪な体格。二十年経つのに、その姿は何も変わらない。

「やぁどうも。来てくれて嬉しいですよ、彰くん」

 まるで子供に調子を合わせるような声音。左右の下の手をステッキに置き、上の手は横に広げた。

「招待状、受け取ったので」

「どうぞこちらへ」

 団長とともにテントの中へ入る。誰もいない客席。団長と並んで座る。

 和人のことを聞きたかった。怖くて聞けない。なぜ呼ばれたのか、それが和人に関係ある気がしたから。

 静寂の中、突如ショーが始まった。三つ目の女。毛むくじゃらのゴリラみたいな男。スライム。小さなドラゴン。ひとつの身体に頭が2つある女。緑色の鱗で全身を覆われた一つ目の男。人間じゃない生物たちがひとりずつステージに出てきて、アクロバティックなショーを見せる。

 10歳の俺は興奮していたのに、いまはおぞましかった。

「彼ですよ」

 賑やかな音楽の中、団長がステージに目を向けたまま口を開いた。

「あの緑色の鱗の男性。彼が和人くんです」

 思わず息を呑んだ。いままさに不規則に置かれたブロックの上に乗り、バランス芸を見せている鱗の男を見る。和人の面影はなかった。

「びっくりしました? そうですよね。彰くんは彼が死んだと思っていた」

「……食料って言ってませんでした? あのとき」

「正確には主食と言ったのですが、まぁいいでしょう。和人くんは死にたくないって駄々をこねました。大声で必死に喚くものですから、なんだか憐れに思いましてね。サーカスで働いてもらうことにしたんです。ただ、私のサーカスは人間は働けません。人間ではない、別の生物になることが条件ですが、彼は了承しました。それから20年。懸命に働いてくれていますよ」

 和人が生きていた。切り刻まれるか、そのまま食われるかと思ってたから、安堵の息が漏れた。

「彼は入団するとき、もうひとつ願いを叶えてほしいと言いました。でも私は、いま命を助けるという願いを叶えた。だから20年働いたら、もうひとつ願いを叶えると約束したんです」

「約束、ですか?」

「えぇ」

 団長がゆっくりと俺の方へ顔を向ける。

「和人くんは人間ではなくなったからといって、あなたにされたことは忘れていません。20年経った今日こそ、復讐の日なのです」

 うっすらと笑みを浮かべる団長の目は血を垂らしたように真っ赤に染まり、蛇のように細まった瞳孔は紫色をしていた。開いた口から細く長い舌が覗く。

 駆け出していた。客席を飛び越えテントの外へ。必死に足を動かし、停めてあった車に乗って法定速度を超えるスピードで家へ帰った。

 自宅の駐車場に車を停めたところで、握ったままのハンドルに寄りかかった。全身から汗が噴き出している。呼吸は荒く、何度深呼吸してもしばらく落ち着かなかった。

 あのままあそこにいたら殺されていた。それはそうだろ。和人が俺のことを許してくれているわけがない。無理やり犠牲にして、死なないために和人はバケモノになった。何年経とうが、俺のことを恨んでるに決まってるじゃないか。

 どうする? あいつらは追ってきていない。復讐するんだったら、あの場で俺を捕まえて殺してたはず。なぜすぐに捕まえなかった? なぜ追ってこない? あのバケモノたちの中に、夢の中に出てきて殺せるやつでもいるのか?

 わからない。でもこのまま車の中にいるわけにもいかない。茉由も父さんたちもみんな寝てるはずだ。静かに、とりあえず家の中に入ろう。

 手の甲で首の汗を拭い車を降りる。玄関を開けてホールに入ると、食堂から明かりが漏れていた。こんな時間に、誰だ?

 食堂の扉を開けると、茉由と父さん、母さんがいた。テーブルには生ハムやナッツが並べられている。

「あれ? なんでみんな起きてるの? 夜食?」

 声はわずかに震えていた。まだ恐怖を引きずっている。

 俺の姿を見た父さんは眉間に皴を寄せた。茉由は「ひっ」と叫んで身体を引き、母さんは口をあんぐりと開けている。

「え? 何? 俺の顔になにかついてる?」

 一歩踏み出すと、父さんが立ち上がった。

「誰だ貴様は! おい、不法侵入者を捕まえろ!」

 父さんが声を張り上げると、扉の近くにいたボディガードが俺に近づいてきた。

「え、ちょっと待ってよ! 俺だよ父さん! 彰だよ!」

「夜食に合うワインあったよ……って、どうかしたの?」

 キッチンから男が一人出てきた。知らない顔。手にはワインのボトルを持っている。男は俺に気付くと咄嗟に茉由に駆け寄り背中に隠した。

「強盗か! 茉由、お義母さんも、下がって!」

「修さん、私怖い!」

 修、さん? 茉由が身体を寄せた男は俺を睨んでいる。母さんが電話に駆け寄った。

「もしもし、警察ですか⁉」

 あれ? おかしい。なんだこれ。

 ボディガードの手が伸びて来る。

 躱して、ホールへ。そのまま外へ出た。

 走って走って、走り続けた。

 円山公園が目に入った。植木の陰にしゃがみ、身を隠す。呼吸が苦しい。体勢がきつくて座り込んだ。身体が震えている。涙が溢れてきた。

「和人くんの願いは、あなたからすべてを奪うことでした」

 頭上から聞こえたのは、数回しか聞いたことがないのに決して忘れられない声だった。

「彰くん、あなたの存在は本日、この世から抹消されたのです。あなたの両親も、婚約者も、友達も先生も、誰もあなたのことを知らない。ただ、跡取りがいなくなるのはかわいそうなので、修さんがあなたの代わりをしてくれます」

 ボタボタと涙が零れ、服にシミをつくる。

「……人間としての生き方に未来が見えないなら、いっそ私のサーカス団で働きますか? 人間じゃなくても楽しいですよ?」

 愉快そうな声に顔を上げると、星ひとつない漆黒の夜空を背景に、4本ある腕のうちの一本を差し出す男の姿があった。

 涙で濡れた頬が緩んだ。

朗読動画『新月のサーカス団』

朗読動画『新月のサーカス団』は前後編にわかれています。

前編

動画時間:約14分半

後編

動画時間:約11分

あとがき

私は歴史が好きです。特に戦国時代。そしてお城も好きです。

昔からですが、お城みたいな家に住むのが夢です。縁側があって、お庭があって、錦鯉が泳ぐ池があって、石灯篭があって、鹿威しがカコーンと鳴る……。あ、鯉は錦鯉じゃなくてもいいです。鯉がいれば、それで。

毎朝、着物姿(男性もの)の私は鯉の餌を手に縁側から庭に出て、池に向かってバサーッと餌をばらまくのです。それから私の一日が始まるのです。

それだけ豪勢な家なので、植木や庭の手入れが必要。自分ではやりきれないので、庭師を雇います。庭師のおかげで、私は毎日、美しい庭を城みたいなかっこいい家の縁側から眺められる……。

もう何年妄想してんだろな笑

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