白い紐|雲を操れる少年の”純粋な心”と”歪み”【ファンタジー×サスペンス】

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こんにちは、松波慶次です。

ファンタジー×サスペンス×ショートストーリー『白い紐』の小説と朗読動画を載せています。

雲を操れる少年の、子供らしくも自分勝手な行動……。

ぜひお楽しみください(^^)

目次

あらすじ

雲から白い紐が垂れ下がっている。それは僕にしか見えなくて、操作も僕にしかできない。

雨音がうるさいときは家の上から動かして、またあるときは日傘代わりに雲を引いて歩いた。

ある日、駄菓子屋のおばあちゃんから僕が大好きな大道芸がやってくることを聞いた。でもその日は雨。雨天中止らしい。残念だ。

……そうだ。雨雲を動かせば大道芸はやるんじゃないか? 

僕はワクワクしながら計画を実行に移したーー。

小説『白い紐』

文字数:約5900字

 目の前には無数の白い紐が垂れ下がっている。どこから垂れているのかと顔を上げていくと、それらの紐は上空に漂う雲から垂れていた。

 紐を一本、手に持ってみる。ふわりとしつつも、しっかりとした手触り。ぐいっと手前に引っ張ると雲は上空に漂ったまま僕のほうへ流れた。紐を持ったまま僕自身が移動してみると、リードに繋がった犬みたいに雲がついてくる。

 下に引っ張る……ダメだった。ビクともしない。なるほど、雲は横移動させられても、下には動かせないんだ。

 紐は屋根を貫通しないらしい。室内には紐が垂れ下がってこないから、外にいるときにしか掴めない。屋根の上に乗った紐は、くねくねと蛇行している。風で雲が流れ屋根の上から動いたら、ピンと垂れ下がる。

 雲から垂れ下がっている紐を見れるのも、その紐を掴めるのも、どうやら僕だけのようだ。

 この能力に気付いてから、僕は雲を操るようになった。

 家で宿題の「小学5年生の算数ドリル」をやっているとき。屋根に叩きつける雨音がうるさかったから、傘をさして外に出て、運よく屋根の上に乗っていなかった雨雲から垂れ下がる紐を掴み、どかすために歩いた。雨を降らす雨雲は大きいけど、雲の大小によって引く力は変わらない。風船のように軽く動かせる。

 6軒隣、〈丸山〉と表札がかかった家まで歩いたとき、ようやく僕の家にかかる雨雲は消えた。そこに雨雲を放置して家に帰る。丸山さんの家に滝のような雨が降る。僕の家の上空には、ぽっかりと穴が開いて青空がのぞいていた。

 静かになった部屋で宿題は捗り、予定より30分早く終わらせられたから楽しみにしていたゲームをやった。

 別の日には、登校中、太陽の日差しが暑かったから日傘代わりに雲から垂れ下がった紐を掴みながら歩いた。僕の上だけ雲が流れるようについてきて、通りがかりの友達に「ずっと日陰で涼しそうだな」って羨ましがられた。校門に着いたときには、紐を放して雲を自由にした。雲は風に流されて校舎の向こうへ消えていった。

*

 ある日の学校帰り。その日も暑かったから雲を日傘にしていた。台風が近づいているから風は強い。飛ばされそうになる雲の紐を力強く掴みながら駄菓子屋に寄った。駄菓子屋の向かいの川では、2羽のカモが気持ちよさそうに泳いでいた。

 70歳を超えていそうなおばあさんが一人で経営しているこの駄菓子屋は、僕の週1の楽しみだ。おこづかいから少しだけ使って、そのとき食べたい駄菓子を買って帰る。

「あら、いらっしゃい」

 ここらへんの子供はみんなこの駄菓子屋でお菓子を買う。常連のひとりである僕におばあさんが笑顔を向けてきた。

 お菓子を選ぶのに紐は邪魔だった。仕方なく紐を放すと、強い風に煽られてあっという間に飛んで行ってしまった。今週末は台風で大雨になるらしい。ニュースでやっていた。

 適当に3つ選んでおばあさんに渡す。

「180円ね」

 財布から100円玉を2枚出す。20円のおつりが返ってきた。

「そういえば、今回の台風、そうとう降るみたいだね」

「そうみたいですね」

「残念だね。今週末、西公園で大道芸がやるらしいけど、雨天中止だからきっと見られないね」

「え、大道芸やるんですか?」

「そうだよ。回覧板で回ったと思うけど」

 見ていない。お母さんめ、言ってくれればいいのに。

「でも、台風が近づいてるから無理だよ」

「それは残念です」

 家に帰ってからお母さんに話を聞くと、確かに今週末、西公園で大道芸をやるとのこと。僕に話す気はあったみたいだけど、夕飯を作るときに忘れてしまったそうだ。

 西公園は歩いて10分ほどの距離にある。遊具もあれば池も、ちょっとしたステージもあるようなそこそこ大きな公園で、ときどきイベントをやる。

 今回もその一種だろう。でも雨で見られないのは残念だ。僕は道で大道芸をやっていると、お母さんに急かされても立ち止まってじっと見入ってしまうくらい大道芸が好きだ。お母さんも少ししたら諦めて一緒に見てくれる。

 見たいなぁ、大道芸。そうだ。いつもみたいに雨雲をどかせば、大道芸は問題なく開催されるんじゃないか。

 夜、布団で横になりながら、雲を動かして公園を晴れにし、自分がそこで大道芸を見ている姿を思い浮かべたら楽しくなってきた。

 大道芸がやる前日の夜。台風で大雨が降ってるだろうけど、こっそり家を抜け出して雨雲を公園からどかそう。学校から帰ってきて家から出ていこうとしたら、きっとお母さんは危険だからと止める。みんな寝静まったあとなら、気付かれない。

 我ながら名案だ。実行の段取りを何度もシミュレーションしていたら、いつの間にか寝入ってしまったようで、目覚まし時計の音で目が覚めた。

*

 実行日当日。お父さんやお母さんが寝室で物音ひとつ立てないのをドア越しに確認して、合羽を着て外に出た。雨は刺さるように降っているし、風も合羽が破れるんじゃないかって思うほど強かった。

 足を一歩一歩踏みしめながら西公園に向かう。公園にかかっている雨雲は大きいだけで、垂れ下がっている紐は5、6本だった。小さい雲が密集していて、何十本も紐があったら面倒だと思っていたからホッとした。一つひとつの雲が大きいほど、少ない労力で空から雲をどかすことができるからラクだ。

 頭に被った合羽を押さえながら、一本の紐を手に取る。そのまま駄菓子屋に向かって歩き出した。風向きを考えると、雲はおばあちゃんの駄菓子屋のほうに持っていくのがいいと踏んでいた。

 靴も靴下もすでにびしょびしょ。顔もずぶ濡れだ。それでも大道芸のために、必死に雲を運んだ。急に雨音が強くなって、びっくりして誰かが窓から外を覗かないように、家に雲がかからないようにした。川の方へ雲を寄せる。

 流石に大雨と強風の中の移動はすごく疲れるから、最後は合羽を押さえるのをやめて両手に紐を持ち、ちょっと駆け足で雲を移動させた。チラと後ろを見ると、西公園は結界でも張ってあるように雨粒ひとつも空から落ちていなかった。

 これで大丈夫。西公園にかかる雲はないし、周辺の雲もかかりそうにない。明日が雨でも、西公園は朝から晴れてるから大道芸を見れるぞ。

 最後の2つの雲を川の上空に置いたあと、スキップしてわざと足元の水を跳ねさせながら帰った。もうこれ以上濡れても関係ない。お母さんたちにバレないように、濡れた合羽と靴や靴下は部屋に持っていって水を切り、使い捨てカイロででも乾かそう。乾くかわからないけど。

 家に着き、玄関を開けても誰も起きてこなかった。濡れたものを玄関に置いてあったビニール袋に音を立てないように入れ、小腹が空いたからリビングからお菓子をひとつ持って自分の部屋へ向かった。

 大道芸を見ながらお菓子を食べよう。新たな計画が浮かんだ。明日は学校が休みだ。午前中に駄菓子屋に行って、お菓子を買っておこう。どうせなら楽しく大道芸を見たい。

 濡れた頭をタオルで拭きながら、雨が窓を叩きつける中でひとりフフッと笑った。

*

 次の日、天気は回復し、流れる雲の隙間から時折太陽が世界を照らしていた。晴れ時々曇り、といったところか。天気予報じゃ雨だったはずだけど。これならびしょ濡れになりながらわざわざ雲を動かすことなかったな。

 とりあえずお菓子を調達しよう。家を出て駄菓子屋に近づくほど、足元に泥が増えてきた。水たまりもあちこちにできている。

 前方には人だかりもあって、みんな、川や周辺の家をざわつきながら見ていた。

 どうしたのかと人混みから川の方を覗いてみたら、大きな木やゴミが道路に転がり、泥が一面に伸びていてカーペットのようになっていた。

 近くに立っていた背の高いおじさんが隣の少しハゲた頭のおじさんに話している声が聞こえてきた。

「昨日、ここだけ集中豪雨だったみたいでさ。周辺の家、床上浸水したところ多かったみたいだよ」

「へ~怖いね~。確かに雨風はすごかったけどさ、川の氾濫までは大丈夫だと思ってたっけ。特に避難警報もなかったもんね?」

「うん。だけど、やっぱ天気ってのはわかんないね~。かわいそうに。ケガ人はいなかったって話だけど、みんな泥のかきだしやら畳の張替やら、被害は大きいよな」

「駄菓子屋のばあさんとこも、商売道具の駄菓子が全部泥まみれなんだろ? かわいそうに。あれじゃしばらく商売再開できないだろ」

 昨晩、僕は大きな雨雲をここに動かした。どうやら、そのせいで川に雨が集中的に集まる感じになって、氾濫してしまったようだ。だからこんな、雨上がりの校庭みたいになっているのか。それよりもひどいか。泥と下水が混ざったような、鼻をつく臭いは気持ち悪くなる。

 被害に遭った家の人たちは、いま泥をかきだしているのだろう。ガシャガシャと土を掘るような音が響くなか、僕は足を西公園に向けた。

 駄菓子を買えないのは残念だけど、晴れたんだから大道芸はやるはずだ。開始は午後からだけど、やるんだったらきっともう準備に取り掛かっているはず。

 少しばかり駆け足で西公園に着くと、イベントを取り仕切るスタッフも、音響設備も、観客用の椅子も、何も用意されていなかった。土の地面は、歩けば足跡がつき、急いで走ればズルっと転んでしまいそうなほどぬかるんでいた。

 僕が呆然と公園を眺めていると、ひとりのおじさんが歩いてきて僕のそばで立ち止まり、腕を組んで同じように公園を眺めた。

「あ、あの」

「ん?」

 咄嗟に話しかけると、おじさんは口角を上げ優しそうな顔を向けてくれた。

「今日のここでのイベント、どうなったか知ってますか?」

「あぁ。大道芸だろ。あれ中止になったよ。もうすぐ地区の放送で中止のことを流すはずだ。俺はイベントの関係者でね。改めて公園の様子を見に来たんだよ。やっぱこれじゃ無理だよな~。足を滑らせてケガ人が出るかもしれないし、テントや椅子も設置できない」

 後半はほとんど独り言のようにぼやくと、ひとりで納得し、「じゃあね」と言って去っていった。

 ……僕の昨日の頑張りはなんだったんだろう。どっと疲れが押し寄せてきて、寝不足を補うために昼寝をしようと家路についた。

*

 数日も経つと、氾濫した川の周辺は問題なく歩けるほどきれいになった。学校の帰り道、川の近くを通ったら制服姿の女の子が一軒の家のなかに入っていくのを見た。女の子が入っていった家の前には汚れた家具が置かれていた。乾いた泥が付いたタンスや本棚、畳を家の前に置いている家はほかにもあったけど、どうやら日常生活を送れるほどにはなったらしい。

 ここに来た理由は、駄菓子屋に寄ろうと思ったからだ。商売を開始していたら駄菓子を買いたかったけど、店の前には土がこびりついた駄菓子がごみ袋に入れられて置かれていた。子供向けのおもちゃも、駄菓子をわけていた収納ケースも、袋にまとめられて捨てられるのを待っている。

「いらっしゃい。といっても、休業中だけどね」

 店の前で突っ立っている僕に気付いたおばあさんが、店の奥から出てきた。にこにことしたまま手招きをされたから、店の中に足を踏み入れる。足裏に砂の感覚。泥の臭いも残っている。これは大幅なリフォームが必要そうだ。

「これ、奥にしまっておいたお菓子。せっかく来てくれたからね。少しだけどあげるよ」

 おばあさんはガムやアメ、チョコといったお菓子を僕の手に乗せた。

「ありがとうございます。お代は……」

「いらないよ。ただ、ひとつ約束してほしい」

 おばあさんの目がキラリと光ったように見えた。そのまま射貫くように僕を見つめる。僕はその目を見つめ返しながら首を傾げた。

「約束、ですか?」

「あぁ。雲を動かす能力、あれを二度と使わないと、約束してほしい」

 頭に雷が落ちた気がした。身体が硬直し、呼吸が浅くなる。悟られないように、自然を装いながら深く息を吸い、呼吸を整えた。

「なんですか、それ?」

 からかうように返すと、おばあさんは表情を崩さないまま続けた。

「君が前に駄菓子を買いに来たとき、不自然に手を上げていただろ。傘をさしているかのように。でも手には何も持っていない。私はすぐに思い当たったよ。この子は雲を操れるってね。なぜなら私も昔、同じ能力を持っていたからさ。いまじゃ、紐を掴むことも見ることもできないけど」

 一呼吸置く。僕が何も言わないでいると、おばあさんはまた口を開いた。

「今回の件も、理由は知らないけどきっと君が雲を動かしたんだろ。別に、私は怒ってるわけじゃない。ただ、自然を動かすなんて、大それたことをしちゃいけない。現に、ここら辺の人たちは被害を受けたわけだし。それに、私はその能力を使って、痛い目に遭ったことがあるしね。だから君のためを思って言わせてもらうよ。もう雲を操るのはよしなさい」

「……お菓子、ありがとうございました」

 少しだけ頭を下げて、僕は店を後にした。おばあさんの視線は、僕が店を出るまでずっと背中に刺さっているように感じた。

 そうか、おばあさんも昔、雲を操れたんだ……。

*

 今度の台風は雨風だけじゃなくて、雷もひっきりなしに鳴った。

 雷雨で家が揺れた次の日は嘘のような快晴で、傘をささずに学校に行けたことが嬉しかった。

 ランドセルから教科書を取り出して机の中に入れていると、近くの机に腰かけていた木村君と木村君の側で立っている丸山君の会話が聞こえてきた。

「昨日の夜、消防車の音聞こえたろ?」

「あ、聞こえた聞こえた! どこが火事だったんだろうね」

「それがよ、あの川沿いの駄菓子屋が燃えたらしいんだよ」

「え、なんで!?」

「なんでも、雷が落ちたらしいぞ。昨日雷ゴロゴロ鳴ってたしな。にしても、特別高い建物でもないのに、不運としかいいようがないぜ」

「おばあさんはどうなったの? 俺、よくあの駄菓子屋行ってるから、おばあさんのこともよく知ってるんだけど」

「俺もだよ。あそこはよく寄ってた。だけど、おばあさん死んだって。感電死なのか、焼死なのか、煙による窒息死なのかは知らないけど」

「えー。浸水の次は雷で死んじゃうなんて。かわいそうだね」

「どっちも自然災害だから、どうしようもないけどな」

 そのあとは後日発売予定のゲームの話で盛り上がり始めた。もう火事のことは欠片も頭に残っていないようで、ゲラゲラと笑っていた。

 前と同じように夜中に家を抜け出して、一番ゴロゴロと光っている雷雲を駄菓子屋の上に移動させた。木村君の言うように、駄菓子屋は特別高い建物じゃない。雷がちょうど落ちてくれるかはわからなかったけど、まさかこうも上手くいくとは。

 これで僕の能力を知る人はいなくなった。この能力は、僕以外の人にとっての雲と同じように、捕らえられないし咎めることもできない。

 校舎の窓から外を見る。雲から垂れ下がる、無数の紐。

 僕だけが自由に、操れる世界。

朗読動画『白い紐』

朗読動画『白い紐』は前後編にわかれています。

前編

動画時間:約9分

後編

動画時間:約10分

あとがき

流れる雲を見るのが好きだったりします。そんなに風が吹いているように思わなくても、上空に漂う雲を見ると、スーッと横に流れている。あぁ、いま上のほうじゃ風が強いんだなと思う。自然を感じるんですよね。

青空に浮かぶ白い雲、夕日が照らす茜色の雲、夜空に浮かぶ灰色がかった雲。空の表情や風によって色彩や姿を変える雲は、見ていて飽きません。龍雲とか、吉兆の雲を見られたらそれはまた嬉しいですしね。

最後までご覧いただきありがとうございました。ぜひほかの著作もお楽しみください!

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