反動と救済|両親に愚直に従っていた青年の自由への行動と奇妙な縁

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こんにちは、松波慶次です。

サスペンス×ヒューマンドラマ×ショートストーリー『反動と救済』の小説と朗読動画を載せています。

抑圧された感情と行動……解放され、自由を手に入れた先で、出会ったのは?

ぜひお楽しみください(^^)

目次

あらすじ

「いい大学に行け」

両親からそう言われ続け、勉強尽くしだった俺。

些細なきっかけで目を覚まし、両親を殺して初めての自由を手に入れたから、旅に出ることにした。

その旅先で、うずくまる男の子に出会いーー。

小説『反動と救済』

文字数:約5200字

両親を殺したから旅に出ることにした。

「いい大学に行け」

 理由も具体的な目的もなく、ただただ〈いい大学〉を目指すように昔から勉強尽くしだった。朝1時間の勉強。学校から帰ってきて5時間の勉強。夕飯と風呂を済ませたら2時間の勉強。土日は朝8時に起きて夜の23時まで勉強。昼ご飯と夕ご飯、風呂の時間は合わせても1時間くらいだった。

 小・中・高と、友達と遊んだことがなかった。小学校ではハブかれることはなかったけど遠巻きに不思議そうに見られ、中学校では「がり勉」と呼ばれからかわれ、高校では誰も何も言わなかった。

 多分、いつも無表情で何を考えているかわからない俺に関わろうと思わなかったんだ。焦点も定まってなかった。ただただこの世界をぼんやりと見ていたから。

 あれだけ勉強したのに大学受験に失敗して、浪人した。狙ったのは、国内最難関の大学。親がそこを選んだ。俺はただ従った。反発する気力も湧かなかった。

 きっかけは些細だった。十何年も続いていたサイクル。いつものように部屋で勉強していると、酔った父が部屋にノックもせずに入ってきた。

 酒を飲んでいるのも勉強中に部屋に入ってくるのも珍しい。顔を上げると、赤い顔をした父が近づいてきて机の上のノートを乱暴にとった。

「こんだけ勉強してて、なんでお前は大学に落ちたんだー」

 ふらふらの声。ふらふらの身体。

 答えられなかった。俺の学力が足りないから。それしか浮かばなかったが、いつもと様子の違う父に言葉を返しづらかった。

「俺がいい大学に入ってたら、もっといい人生だったのに。お前みたいな陰気なガキじゃなくて、スポーツ選手になるようなすごいガキがいるはずだったのに!」

 父がノートを縦に裂いた。裂こうとした。厚みのあるノートは下まで裂けることなく、数センチの谷を作って止まった。

 多分仕事で嫌なことがったのかもしれない。だからこんなに荒れてるのかもしれない。だけど俺の中でプツンと音がした。陰気と言われたからか。ノートを破られたからか。わからないけど怒りじゃない。ずっと保っていた、たった一本の切れてはいけない糸が切れてしまったようだった。

 厚手の辞書を両手に持つと父の頭に思いきり振り下ろした。咄嗟に殴られた父は無防備のまま倒れた。机の引き出しからカッターナイフを取り出して首に当てると真一文字に横に引いた。

 鮮血が顔にかかる。服も机も汚していく。そうだ。ここは牢獄だった。死刑が執行されて、ようやく俺は牢獄につながれる必要がなくなったんだ。死んだのは父。俺もいま、ここで死んだ。

 一階に下りる。ソファに座ってテレビを見ている母の背中は、こんなにも小さかったのか。

 物音に気付いた母が振り返りながら口を開いた。

「ちょっと。秀也の邪魔しないでよーー」

 俺を父だと思った母は息を呑んだ。血塗れの俺とカッターナイフを視界に入れた途端にソファから転がり落ち、這いつくばりながらキッチンに向かった。

 何か喋っていたけど言葉になっていなかった。小刻みに悲鳴のようなものを上げて逃げるその背中をカッターナイフで切りつけた。

「痛い!」

 ようやく言葉になった。母が身体を捻り、俺を見上げる。

 母の目はいつも怖かった。期待に応えなければ命が危ういと思うほどだった。

 それが、いまはこんなに揺れている。

 あぁ、どうしてあんなに怯えていたんだろう。

 父と同じように首を切った。血が口に入る。鉄の味。まずい。

 びくびくと身体を跳ねさせる母を放置したまま風呂場に行ってシャワーを浴びた。そのまま口の中もゆすいで残っていた血の味を吐き出した。

 汚れひとつない服を着る。身体からはボディソープの香り。自分の部屋に戻り、リュックサックに着替えを詰め込み、ポケットに財布とスマートフォンを突っ込んだ。父の見開かれた目と目が合った。キッチンに下りて飲み物と缶詰やパンも持つ。母の死体が邪魔だった。

 逃げる気はない。捕まったらそこまで。行けるところまで行きたい。自由を知りたい。

 玄関を出る。夜空には星が瞬いていた。初めての旅への一歩を踏み出した。

*

 ただひたすら歩いた。気持ちがよさそうだから海に向かって。海に着いたら海沿いを進んで。静かに波音を立てる広い海の上に浮かぶ大きな月が綺麗だった。

 気づいたら夜明けだった。さすがに疲れたからちょうど見つけたバス停で始発を待つ。ベンチに座り足を休める。こんなに歩いたのは初めてかもしれない。遠足でも修学旅行でも、何時間もぶっ通しで歩いたことはなかった。

 飲み物を飲み、ぼーっと座っているとバスが来た。あてはない。乗り込み、バスに揺られていると山が見えた。海を見たから山に行こうと思って、地名とかから山に行きそうなバスに乗り換えていった。スマートフォンでは調べない。せっかくの旅なのに、それじゃ面白くないから。

 最終的に行き着いたのは、道路を挟んで木々に囲まれた山の中。辺りはすでに薄暗くなっている。

 バスの乗車賃はすべて現金で払ったから、残金は少ない。高校卒業後に作ってもらった家族カードでどこかのATMでお金を下ろさないと。先に下ろしてから山に来ればよかったな。

 一瞬後悔したけど、すぐに気持ちを切り替えて歩き始めた。ここまでバスは来ていたから、このまま道路沿いを歩き続けていれば、いつか新たなバス停に着けるはず。

 そうは思ってもすぐに足が痛くなってきた。夜通し歩いた疲労は、バスでの移動でも回復しなかったらしい。

 少し森の中で休もうかな。

 森に入ると、小学生くらいの男の子が一本の木の下でうずくまっていた。身体は小さい。まだ10歳前くらいか。膝を抱え、ぼんやりと地面に生えている草を見ている。ランドセルは横に転がっていた。

「どうしたの?」

 なんだか放っておけなくて声をかけてしまった。男の子は顔を上げると、ようやく俺の存在に気付いたのか目を見開いた。

「あ、いや」

「家に帰んなよ。もう暗くなるよ」

「そうだけど、でも……」

 いまは人と関わっていい状況じゃない。もしかしたら指名手配されていて、会う人みんなが俺の顔を知っているかもしれない。この子の親が来たら、どうなるだろう。テレビで見たやつだと叫ぶかもしれない。こんな山奥に一人でいる俺を不審がって通報することも考えられる。

 やっぱほかの場所で休もう。

 喋らなくなった男の子を放っておいて反対方向に足を向けようとしたとき「帰りたくないんだ」という呟きが聞こえた。

 迷ったけど、男の子の隣に腰を下ろした。

「なんで?」

「お母さんとお父さんが、怖くて」

「虐待されてるの?」

「よくわからないけど、勉強してないと怒るんだ」

 胸に突如棘が刺さったように、痛んだ。

 言葉を返さない俺に構わず、男の子は話を続ける。

「小さいときから、友達と遊ばせてもらえなくて。いい大学に行かなくちゃならないからって、たくさんの勉強をやらされて。それで嫌になったから、今日はすぐ家に帰らないでここにいたの。でも、まっすぐ家に帰らなかったこと、怒られると思う。テストで100点とれなくても怒られるから、勉強をさぼった今日は……」

 男の子は身震いすると、ため息を吐いて膝の間に顔を埋めた。

 俺を見ているようだった。俺は学校が終わるとまっすぐ家に帰って、この子のように反抗しなかった。ただ愚直に両親の言うことを聞いていた。その反動が、大学受験に失敗したいま、来ただけだ。

 握っていたカッターナイフの感触が蘇る。後悔はない。怖くもない。

「君はすごいよ」

「え?」

 男の子は顔を上げて俺を見つめた。その幼い瞳をまっすぐに見つめ返した。

「そんな小さいのに自分の人生を取り戻そうとしたんだからさ」

「そんな、大きなことじゃないと思うけど」

「いや、大きいことだよ。俺は遅すぎた……ねぇ、ハサミかカッターナイフある?」

「あるよ。図工で使ったから」

 不審がる様子もなく、男の子はランドセルからカッターナイフを取り出した。

「それ、ちょっと俺に貸しててくれないかな」

「別にいいけど、何するの?」

「君を救おうと思って。名前なんていうの?」

「春太。春に太いって書くの。お兄さんは?」

「春太ね。俺は、お兄さんって呼んでくれればいいよ」

「えー、名前教えてくれないの?」

 頬を膨らます春太。出会ってから初めて見せた無邪気な姿に、思わず笑ってしまった。

「知らないほうがいいよ」

 不満そうな顔をしながらも、カッターナイフを渡してくれた。ポケットに入れる。傍(はた)から見れば、凶器を持っているなんてわからない。

 立ち上がり、「じゃあ行こっか」と声をかける。

「どこに?」

「春太の家」

「お兄さんも一緒に謝ってくれるの?」

「そうだよ。これで怒られなくて済むから」

 春太も立ち上がり、お尻を両手で払う。ランドセルを背負って、二人で道路に出ると、春太の先導で歩き出した。

「学校はどう? 楽しい?」

「僕、友達いないから、楽しくない。昼休みも勉強してろって言われてて、お母さんなんか、学校に見に来るんだ。外からじっと校庭を見てて、僕が遊んでないか見てるんだよ。こういうの、〈監視〉っていうんでしょ?」

「そうだね。春太は監視されてる」

「だよね。学校に通い始めたころ、外で遊んでるの見られて、その日家に帰ったら、冷たいシャワーをかけられて、ご飯もなかった。布団にも入れてもらえなかったから、廊下で寝たの。寒かった」

「辛いよね。体に傷がつかないから、誰にも気づかれないし」

 100点をとれなかったとき、冷たいシャワーの下で正座をしながら、一時間水をかぶり続けた。あのときは自分が悪いと信じていたっけ。

「そういえば、お兄さんはここら辺の人?」

「いや、違うよ」

「そうだよね! ここら辺、あんまり家ないから、知らない人がいるとすぐわかるんだ」

「そっか。じゃあ今日中にはまたどこかよそへ移ろうかな」

「行っちゃうの?」

 春太の瞳が揺れる。幼い心は、ようやくなんでも素直に話せる相手を失うことを恐れているのか。きっと春太も俺と一緒で、同じだと思ったから鎧を解いたんだ。

「まだ。ちゃんと春太の両親に会ってからにするよ」

「ありがとう」

 少し照れ臭そうで、それでいて怯えた声を発する春太が足を止めた。

「ここだよ」

 2階建ての家。家庭菜園をやっているのか、畑もあった。駐車場も3台はゆうに停められそうだ。土地が広い。近所にほかの家はあったが、50mは離れてそうだった。よほど土地が余っているのか。

「じゃあ、僕が先行くね」

 春太が先を歩く。玄関を開けると、バタバタと大きな音を立てながら母親と父親らしき人物が現れた。

「春太! どこ行ってたの⁉ 今日は帰ったら社会の勉強するはずだったでしょ!」

「春太、まさか友達と遊んでたのか? 馬鹿な友達と遊んでたら、いい大学になんて行けないぞ。だいたい、この間のテストだってーー」

 父親が俺に気付いた。春太の肩を激しく揺さぶっていた母親も、俺に目を向ける。

「どなた?」

 母親が怪訝そうに聞いてきた。

「春太が何かしましたか?」

 春太に対して苛立っていた父親は春太が俺に迷惑をかけたのではないかと心配したのか、急に慌て出した。

「いえ、別に」

 一歩、玄関に足を踏み入れる。

「もしかして、何か春太が困っているところを助けてくれたのですか?」

「いまから助けるんです」

 カッターナイフを手に持ち足を踏み込みながら前へ。父親の喉元目掛けて手を振り抜いた。喉からほとばしる鮮血。一生懸命手で抑える父親に、悲鳴を上げて尻もちをつく母親。目を見開き驚く春太。俺にも、二人にも血がかかった。鉄臭い。

 手と身体を真っ赤に染めながら、父親は一言も発さないままうつ伏せで倒れた。父は仰向けだったと、どうでもいい思いが頭に浮かんだ。

「け、警察っ……!」

 母と同じように這いつくばって廊下の奥に行こうとする母親の髪を引っ張り正面を向かせて、首を裂いた。血がミストのように噴き出す。廊下の床に血溜まりができた。

 振り返る。春太は相変わらず呆然としていた。さぁ、泣き叫ぶか、怒って掴みかかるか、ほかの家に助けを求めに行くか。

 ここで捕まるなら、それはそれでいい。短い間だったけど、楽しかったから。俺のような人間を、救えたから。

 春太の口が動いた。ぼそぼそとしていて聞こえない。口が渇いているのか。一度唾を飲み込むと、今度ははっきりと聞こえた。

「お兄さん、次はどこに行くの? 僕も一緒に連れてってよ」

 意外な言葉だった。春太の瞳はまっすぐに俺の目を見つめている。

「……俺が怖くないのか?」

「お兄さんは、僕を助けてくれたんでしょ? 怖くないよ。それより、こっから出たい」

 忌々しい家。忌々しい親。皮肉にも、春太は俺が両親を殺したことで自分の憎悪の感情をはっきりと感じたようだ。とっとと玄関から出ると振り返り、急かすように俺を見る。

 そうか。春太も旅をしたいんだ。よし。兄弟ってことにしたら、怪しまれないかな。

 いつまで、どこまで行けるか。

 そのときが来るまで。俺たちは歩き続けよう。

朗読動画『反動と救済』

動画時間:約17分

あとがき

海沿いって、なんだか気持ちがいいですよね。私の移動手段はもっぱら車なのですが、海沿いを走ると気分が高揚します。視界が開けていて、開放的で、潮風も気持ちよくて……窓を開けて風を感じたくなりますね。

あと、海沿いを走るときは、サザンオールスターズの曲を聴きたくなる。海の歌が多いからか、夏っぽいからか、サザンが茅ヶ崎など海のイメージだからか。特に湘南のほうに行ったときには、「サザン流そ」ってなります。

静岡も山だけでなく海もあるので、海沿いを走るときには道に慣れているはずなのにテンションが自然と上がります。いいところだわ、静岡(唐突な地元自慢)。

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