こんにちは、松波慶次です。
サスペンス×ショートストーリー『払った小石が突き刺さる』の小説と朗読動画を載せています。
「些細な出来事」が、「ちょっとした言動」が、思わぬ結果を招くこともある……。
ぜひお楽しみください(^^)
あらすじ
会社への通勤路に、車2台がギリギリすれ違える狭い道がある。
その道を走っていたら、対向車が道路の中央を越えて走ってきた。
これじゃすれ違えない。相手が道の端に寄り直してくれるのを待っていたら、運転手のおじさんが僕に「下がれ」と怒鳴ってきた。
下がらなくてもすれ違いができたはずなのに……。
僕はおじさんの家を特定することにした。
小説『払った小石が突き刺さる』
文字数:約7000字
高校卒業後、銀行に就職した。毎朝8時には出勤して、夕方17時までが就業時間。ときどき残業はある。僕の地元は8時始業の会社が多いから、その時間帯はどの道も車通りが激しく、混雑している。小学生や中学生のときは友達との会話に夢中で交通量なんて気にしたことがなかったけど、自分で車を運転するようになって気付いた。
免許は高校在学中に取得。母さんに付き添ってもらって初心者マークをつけながら何度か運転の練習をしたから、会社まではスムーズに行ける。
その日も、いつものように通勤路を車で走っていた。家を出た時間だけが違う。今日は30分早い。支店独自キャンペーンをやるから店内の飾りつけ要員として新人の僕が呼ばれた。ほかにも数人の先輩が早出してくる予定だ。夕方残業するより朝早いほうがいいという意見が多くて決定した。
30分早いとこんなにも車の量が少ないのかと驚いていると、例の道に差し掛かった。
車2台がギリギリすれ違える狭い道がある。軽自動車同士や一台が軽自動車ならなんとかすれ違えるけど、大きい車同士だとどちらかが道の両側にある少しだけくぼんだスペースに避けないとすれ違うのが難しい。車の大きさに関係なく、運転や読みが下手な車がいると、避けるタイミングをミスったりすれ違いを怖がってしまって渋滞になる。
僕の車は軽自動車だから、相手が相当大きな車じゃない限りすれ違える。まだ免許を取って短いけど、どの程度まで壁に寄せられるか、対向車との距離はどのくらいかを感覚で掴める。母にも初心者にしては運転が上手だといわれた。
対向車は軽自動車。これならすれ違える。そのままアクセルを踏むと、軽自動車の後ろから普通乗用車がやってきた。別にこれも問題ない。進み続ける。
軽自動車とすれ違ったときに気付いた。普通乗用車は道の端に寄っていない。中央線がある道じゃないけど、もしあったとしたら明らかに中央線を越えて走ってきている。これじゃ僕は進めない。
もう少し端に寄り直して進んでくれるだろうとブレーキを踏んで待っていたら、相手も停まってしまった。フロントガラス越しに苛立った顔の白髪のおじさんが見えた。
ハンドルを切って端に寄れば進めるのに。何をしているのだろう? 別にギリギリというわけでもない。ミラーや車体が擦れると思っているのだろうか?
不思議に思いながらじっと待っていると、おじさんが手招きの形で手を上げ、前に2回振った。
下がれ。
え? なんで? おじさん、通れるよ? わからないの?
やっぱり不思議で首を傾げていると、おじさんは車から降りて僕の車に近付いてきた。運転席側の窓を拳でドンドンと叩くから、窓を開ける。
「お前、何やってんだよ! 通れねぇじゃねーか! 下がれよ!」
「え、でも、もう少し端に寄ったらあなた通れますよ? 僕はそれを待ってたんですけど」
「通れねぇよ! お前が下がれば済む話だろ!」
すでに道は渋滞していて、多くの人が運転席から僕たちの成り行きを見ていた。
「いいから下がれよ!」
「わかりました」
怒鳴り散らしたおじさんが背中を向けて自分の車へ戻る。そのうしろ姿をじっと見つめたあと、車をバックさせて窪みに入った。おじさんは会釈も手を上げて感謝を伝えることもなく、苛立たし気な顔そのままに通り過ぎていった。バックミラーで車のうしろ姿を目で追う。
後ろの車が遠慮がちにプッとクラクションを鳴らした。そうだったと思い、アクセルを踏んだ。
*
家に帰ってご飯とお風呂を済ませたあと、自分の部屋でパソコンを開いた。
ドライブレコーダーから取り出したSDカードをパソコンにつなぐ。僕に下がれと指示して車から降りてくるおじさんが映っていた。
正面の姿やうしろ姿をスクショし、ネットにアップロードしてAIで画像検索する。
……ヒットしないな。おじさんだし、SNSとかやってないんだろうな。
車のナンバーはわかるけど、運輸支局は車体番号や正当な理由がないと持ち主の名前や住所を開示してくれないし、弁護士や探偵に頼むのもな。そもそも僕は未成年だから、親の同意とかも求められそうだ。お金もない。
そういえば、ナンバーの地名は僕と一緒だった。たまたま仕事や旅行であの道を通ったわけじゃないのかも。
パソコンを閉じて一階に下りた。母さんがテレビを見ている。父さんはお風呂だ。
「ねぇ母さん」
「ん? どうしたの?」
惰性で見ていたのか、名残惜しい感じもなくにこやかに振り返ってくれた。そのままじゃ首が痛いと思って隣に座る。
「今日さ、いつもより朝早く出たじゃん? そしたら、あのいつもの狭い道でさ、大きな自動車が前から来て、すれ違えなくなったんだよ」
「あー、あの道。強引な車いるもんね。相手が避けると思ってどんどん来る車」
「それでさ、僕も避けれるタイミングじゃなかったんだけど、僕が避けなかったことに怒って怒鳴ってきたんだ」
「えー、初心者マークつけてる車にそんなことする人いるんだ!」
母さんは眉間にしわを寄せて、僕に怪我がないか、心底心配そうに見つめてきた。
「僕もびっくりしたよ。そのあと僕が下がって通り過ぎていったんだけど、あの車いつもあそこ通ってるのか気になっちゃって。たまたま今日早く出ただけだけど、また出会う可能性があるのか、怖いからできれば知っておきたいなって思って」
おじさんの顔を思い浮かべながら、身体的特徴、車の特徴を母さんに告げた。あまり細かく覚えているのも変だから、時々悩みながら、推測の言葉を混ぜながら。ナンバーも真偽を混ぜて伝える。
「そういえば、向かいの館山さんがそういう車……というか人、見たって言ってたかも。館山さん、いつも今日正人(せいと)が出た時間帯と同じくらいにあの道通ってるんだけど、前に会ったときに話してたな。いっつもすごい勢いで来て、絶対に相手に道を譲らせるんだって。館山さんのお友達も出くわしてるみたい。まったく同じ人かはわからないけど、ほかにもそういう人いるかもしれないから気を付けてね」
「うん。気を付けるよ。今度は相手が動かないってわかったら、すぐにバックして避けるね」
僕が今日嫌な思いをしたことを慰めるためか、母さんは「アイス食べる?」と聞くと、返事を聞かずに冷凍庫からカップアイスを2つ取り出して楽しそうに見せてきた。
「ありがとう! 食べたい!」
母さんからアイスとスプーンを受け取る。2人で並んでテレビを見ながらアイスを口に運ぶ。
よかった。あのおじさんは近所に住んでいるみたいだ。きっとまた通るだろう。
*
熱が出た、ということにした。新人の僕にはまだ有給休暇が付与されていないから欠勤扱いになるけど、問題ない。そんなことよりおじさんの家を特定したかった。
おじさんに怒鳴られた次の日。早めに家を出ていつもの狭い道の手前、脇にあるちょっとしたスペースに車を停車させた。ここならほかの車の邪魔にならないし、おじさんの車が通ればすぐにわかる。意外と死角になっているから、ご近所さんに見られて不審がられることもないだろう。
母さんには、教えてもらった仕事をノートに整理したいから早めに出ると言った。おじさんを待ちながら、支店へは病欠することを伝えた。
大好きな音楽を聴きながらおじさんの車を待つ。一曲聞き終わらないうちにドライブレコーダーで何度も確認した車が視界に入った。急いでパーキングからドライブに入れて車を発進させる。おじさんの車のうしろをつかず離れずで走行する。怪しんでる様子はない。多分出勤途中だ。時間に追われていて余裕がないのかもしれない。
15分ほど走ったところである建物の敷地に入っていった。入り口に会社名が書かれている。あのおじさん、意外にも大手勤めだったんだ。
すぐ近くにはコンビニがある。おじさんの退勤するころを見計らって、そこで待機させてもらおう。
そのまま車を走らせて漫画喫茶に向かった。個室に入りスマートフォンを取り出して先ほど覚えた会社名を入力する。求人情報を見ると、営業時間は8時から17時。じゃああのおじさんも通常なら17時には出てくるはず。
漫画を読み、お昼も注文して食べ、時間が過ぎるのを待つ。
*
17時前。漫画喫茶を出ると目をつけていたコンビニに向かった。おじさんの車が出てくるのを待つ。30分経った。コンビニで飲み物とおにぎりを買う。母さんにも残業だとメッセージを送っておいた。
18時。まだ出てこないならもう一度コンビニで何か買おうと思っていたら、おじさんの車が出てきた。薄暗いなかでも記憶に焼き付けたものは見逃さない。
車を発進させた。
*
おじさんの家を特定した。表札で名字が「工藤」であることがわかった。住所も、ご丁寧に表札の下に載せてくれていた。
次の日も会社を休んだ。上司は「ストレスかもな。気にせず休め」と心配してくれた。いい職場に恵まれたと胸が熱くなった。
おじさんの家に向かう。おじさんの家の敷地に車を停めるわけにはいかないから、近くのスーパーに停めさせてもらって残りの距離は歩いた。
どこにでもあるような一軒家。車はない。人の気配もない。
昨日の夜おじさんについて行ったときはすでに家の灯りがついていたから、独り暮らしではないはずだ。親か、奥さんがいるのか。
玄関の前には植木鉢がいくつか置いてある。周りに人はいない。みんな仕事で出払っているのか、家のなかでくつろいでいるのか。右手にビニール手袋を着けて、靴紐を結び直すふりをしてしゃがむ。そのすきにポケットに入れていた小型カメラを植木鉢のスキマに忍ばせた。これで玄関の人の出入りがわかる。
ビニール手袋を外しながら立ち上がりスーパーに戻る。お菓子を買って車に乗り込みスーパーをあとにする。
回収は19時頃にしよう。それまで、今日も漫画喫茶で時間を潰すことにした。
*
「ちょっとお父さん、ほんとサイテーなんだけど」
仕事から帰ると、|朱里《あかり》が大きめの茶封筒をダイニングテーブルに叩きつけた。
「なんだ突然。疲れてるんだからあとにしてくれ」
「若い女と一緒だったんじゃないの?」
「は? 何言ってるんだ」
「ちょっと朱里!」
台所で食器を洗っていた|由紀子《ゆきこ》が手をタオルで拭きながら大声を出した。
「だって! お母さんだって見たでしょ⁉」
喚く朱里と制しようとする由紀子を傍目に見ながら封筒を開ける。数枚の写真。
「なっ⁉」
俺が知らない女と腕を組んで歩いている。ホテルに入っていくところや若い女に金を渡している姿もあった。なかには朱里と同じ学校の女生徒と肩を並べて歩く写真も。
「う、嘘だ! こんなの俺は知らん!」
唾を飛ばしながら否定する。朱里はまだ喚いている。由紀子は「信じてる」と言いながら俺と距離を置いていた。
*
嫌悪を露わにして追い出そうとする朱里を落ち着かせるために昨夜はビジネスホテルに泊まった。由紀子もそのほうがいいと勧めていたが、自分のためでもあっただろう。
封筒には差出人の名前も消印もなかった。直接ポストに投函されたようだ。
覚えのないことをでっちあげられて腸がねじ切れそうで、あまり寝られなかった。眠い目を無理やり開きながらいつもの狭い道に来た。
もたもた走ってんな。どけよ! 邪魔なんだよ!
いつもよりスピードを出した。対向車が慌てて脇に避ける。俺のために道を開けさせることがちょっとしたストレス解消方法だった。
会社に着く。挨拶をすると同僚も上司もどこかよそよそしい。目を合わせない。陰からこっそりと様子を窺い、ヒソヒソと話す声が聞こえる。
「工藤くん、ちょっと」
居心地の悪さを感じていると上司が俺を呼んだ。
個室に入ると上司は見覚えのある茶封筒をデスクに置いた。
「部長、それは……」
「今朝、これが郵便受けに入れられててね」
頷いて開けるように促される。手の震えを必死に抑えながら封筒を開けた。家で見たものと同じ写真が入っていた。あとは社員証を首から下げたままパチンコを打つ俺や、公園の女子トイレに小型カメラを持って入っていく俺の姿の写真も。
「最初に郵便受けを開けた人が……名前はいわないけど、びっくりしちゃって。それで、なんというか、もういろんな人が知ってるんだ。だから、その、今日は一旦帰ってくれないかな? もちろん、君がそういうことする人じゃないってわかってるけど、ちょっと、通常業務に支障が出そうだからね。またこっちから連絡するから」
言葉を選びながら宥めるように話す上司。知らない! 身に覚えがない! 必死に訴えてもまぁまぁと抑えられるだけだった。
*
くそっ! くそっ! くそっ! なんだってんだ! なんでこんなことが起きてんだ⁉
帰り道。赤信号で止まるたびにハンドルを何度も叩く。勢い余ってクラクションを鳴らすこともあったが、知ったことか。
わけがわからない。俺に恨みを持つやつがやってるのかもしれないが、会社じゃハラスメントなんてしてないし、一応周りともいい感じに上手くやってる。近所付き合いだって挨拶くらいするし自治会のルールを守ってゴミの分別もしている。
恨まれる要素なんて、ない!
ピカッ。バックミラーに光が走った。後ろの車がパッシングをしてきたようだ。俺は普通に走ってるじゃないか。なんでパッシングしやがる!
バックミラー越しに後続車を睨むと、初心者マークが付いた車と運転手にどこか見覚えがあった。
記憶を辿る。
そうだあのときの車だ。俺が避ければいいと言ってきた車の運転手だ!
一回落ち着きたかった。ちょうど公園が見えたから駐車場に入る。その車もあとに続いて入ってきた。俺の車と一台分開けて駐車する。
男が降りてこっちに向かってきた。俺も降りた。
「すみません、パッシングしちゃって。まだ運転に慣れなくて、手が滑っちゃいました」
目の前で申し訳なさそうに頭を下げる。
「わざわざそんなこと言うためについてきたのか?」
「はい。最近、車の運転の仕方で怒る人多いって聞いたので、気を悪くされてたら申し訳ないと思いまして」
「ほんとにそれだけか? ほんとは俺を恨んでるんじゃないのか?」
「え?」
男は目を丸くした。演技だとしたら白々しい。
「お前は、あのとき俺がどかなかったこと怒ってんだろ⁉ 恨んでんだろ⁉ だから卑劣な手を使って俺のことを貶めたんだ! AIか? いまは簡単にニセ画像が作れるもんな! どうなんだ、おい⁉」
「ちょっと、落ち着いてください! 一体なんのことだか……」
身を乗り出して近づくと男は数歩下がった。
「わぁっ!」
何かに躓いたのか尻もちをついて倒れ込んだ男は顔を歪ませた。ゆっくりと横向きになる。脇腹の辺りが赤い。何か刺さっている。
釘だ! 木材を貫通した釘が男に刺さってる。流れてるのは、血……っ!
視界が眩んだ。
公園で遊んでいた子供の母親か。甲高い声が響いた。ジョギング中の男が気付いて俺を取り押さえてくる。
違う! 俺じゃない! 俺は何もしていない!
細身なくせに力強い男から逃れられず、ただ叫ぶことしかできなかった。血塗れの男はただ痛みをこらえるように歯を食いしばっていたーー。
*
真っ黒い空に星はなく、星の分も世界を照らすかのように大きな月が輝いていた。
「じゃあ、お母さんそろそろ帰るね」
病院の面会終了時間が迫っていた。母さんは立ち上がりながらバッグを持つと、ベッドで寝転がる僕を目を細めて見つめた。
「それにしても、ほんと怖いよね。あの人、あなたがすぐにどかなかったことを根に持ってて、たまたまあなたを見かけたから追いかけてきたなんて。何度思い返しても恐ろしい。あなたは風邪っぽいから病院に行こうとしただけなのに」
「僕もびっくりしたよ。まさか、あの出来事がこんなことになるなんて」
「ねー。そんなちょっとしたことで執念深く恨まれるなんて、怖い世の中。変な人が多いものね」
「母さんも気を付けてね」
「私より、正人が心配。あ、そろそろ出ないと! 明日また来るから、ゆっくり休みなさいよ」
おやすみ。そう言って足早に病室を出ていく母の背中におやすみと返す。
僕は救急車で運ばれ、おじさんはパトカーに乗せられた。木材に貫通させて自立できるようにした釘は、狙い通りのお腹の位置にきちんと刺さるように何度もシミュレーションした。おかげで大事には至らなかった。車を降りたあと、誰にも気づかれずに釘を置くことにも成功したから、あとはおじさんに迫られたら倒れ込むだけだった。
〈倒れた僕がたまたま落ちていた釘に刺さった。〉多分おじさんは過失が認められて逮捕はされない。
ただ、写真の詮索どころではなくなっただろうし、家や会社、社会的な信用は落ちて、いままでと同じような生活はできないはずだ。
病室の電気を消す。月の明るさが増した。
スマートフォンを取り出す。保存しておいたおじさんのうしろ姿の画像を開いた。
「次はどうしてやろうかな」
胸が躍り、自然と笑みが溢れた。
朗読動画『払った小石が突き刺さる』
動画時間:約23分
あとがき
車の運転は好きですが、できるなら運転したくないと思う天候があります。それは、深い霧とこちらに向かってくる降雪時です。
深い霧のなか、山道を運転したときはまったく道が見えず、一寸先は「白」状態だったので、怖くてたまらなかったです。後続車がいたのでプレッシャーはありましたが、道が見えないからノロノロ進むしかありませんでした。ほんと怖かった。
あとは降る雪がこっちに向かってくるとき。夜、高速道路を運転中に、雪がフロントガラス目掛けてびゅんびゅん向かってくるんです。なんだかそれが、「車が進んでいない」ような感覚があって、気持ち悪くなって、とても運転しづらかったんです。ただ雪が降ってる状態で走るのはいいのですが、あのときは「あ、無理」となりました。
どのような天候にも関わらず、安全運転。大事ですね。
最後までご覧いただきありがとうございました。ぜひほかの著作もお読みください(^^)!
