こんにちは、松波慶次です。
コメディ×ショートストーリー『動いて掃いて吸い込んで』の小説と朗読動画を載せています。
朗読動画では「OtoLogic」様の音楽を使わせていただいているのですが、今回コメディということで、普段は(ホラーやサスペンスばっかなので)使わないようなポップでコミカルな音楽をたくさん使わせてもらいました。
どれも素敵な音楽です。そちらもぜひ楽しんでください(^^)!
あらすじ
”伝説のお掃除ロボット”といわれた製造番号A2-456、通称「シゴロ」。彼は相棒の黒猫・レオとともに部屋をピカピカにする任務を遂行していた。
家族は喜んでくれていたが、「掃除をする前に物をどかさなければいけない」ことに不満もあった。
そんなある日、シゴロを悲劇が襲い……。
小説『動いて掃いて吸い込んで』
文字数:約7900字
逃げ惑うやつらを残らずかっさらっていく。地べたに這いつくばっているやつなら一瞬だ。隅から隅まで片付けて、俺が通ったあとにはチリ一つ残しやしない。
「よぉ相棒。今日も調子よさそうだな」
頭上から聞こえた声。当たり前だろ。
「おうよ相棒。見てな、もうすぐ終わるからよ」
スピードを上げ、吸引力も強にする。あとは目の前の角だけ。舞い上がり、行き場をなくした埃が集まっている。抜け毛は何もできず、横たわっているだけだ。
「やっちまいな」
相棒の声と、俺がやつらを吸い上げたのは同時だった。
「任務、完了」
「さすが、伝説のお掃除ロボット様だな」
そうさ。俺こそが伝説と呼ばれたお掃除ロボット、A2-456。通称〈シゴロ〉だ。
*
相棒のレオを乗せたまま、充電器兼ダストボックスへ戻る。任務は完了したがまだやるべきことは残っている。やつらをダストボックスへ送ってやるんだ。俺自身も休憩する。万全の状態で次の任務にあたれないからな。
ゆっくりと充電器にはまる。俺の内部に溜まっていたやつら――ゴミどもが自動でダストボックスに吸い上げられていく。助けて。やつらの声が聞こえるようだ。もし聞こえたとしても助けるわけがない。俺はお前らを排除するために存在しているのだから。
ダストボックスのなかの処理は俺の仕事じゃない。ママさんの仕事だ。一仕事終えた気持ちよさにふぅと息を吐いていると、レオが降りた。
「今日の任務も楽しかったぜ」
牙を見せて笑うと、すぐ脇のクッションの上に乗り毛づくろいを始めた。真っ黒な体躯には埃ひとつついていない。毛並みもツヤがある。猫は綺麗好きというが、レオを見てるとまさにそのとおりだと頷ける。
「俺も楽しかった。いま買い物に行ってるママさんたちも、帰ってきたら喜んでくれるだろ」
「だろうな。ま、すぐにチビが汚すだろうが」
三歳になったばかりのチビか。せっかくきれいになったフローリングに、おもちゃを散らかし、アイスをこぼし、涎がついた指でベタベタと触る姿が目に浮かぶ。
「任せろ。そのために俺がいるんだからな」
「頼りにしてるぜ。じゃ、俺は一眠りするわ」
レオは大きく口を開けてふぁーとあくびをすると、組んだ手の上に顎を乗せて目を閉じた。マイペースなやつだ。
俺の声が届かなくなる前にお決まりの言葉を伝えておく。
「相棒。お前を乗せて任務を完遂するのが好きなんだ。次も頼んだぞ」
「わかってるって。お前はオンナの次に大事なやつだ。俺なしで仕事なんてさせねーよ、相棒」
こっちもお決まりだ。次の任務もタッグを約束し、レオは寝て、俺は充電に集中する。ルーティンだった。
猫のくせに、レオはオンナが好きだ。メス猫だけじゃない。人間も、テレビに映る犬も、ときどき庭に現れるハトも。オンナである限り、レオの心は揺さぶられるらしい。
クネクネしたり目がハートになるわけじゃないが、態度はあからさまだ。
ママさんとパパさんだったらママさんにしか擦り寄らないし、パパさんよりもオンナのチビと遊びたがる。パパさんが哀れになるくらいだ。
俺だってオトコだ。オンナは好きだが、俺と同じロボットにしかときめかない。いまだに俺の心を射止めるオンナには出会ってないがな。
徐々にカラダに力が戻ってくる。電力がチャージされてきているようだ。
目を閉じる。俺も少し休もう。
そうだ。よくよく考えたら、俺がいた工場にはそもそもオンナがいなかったんだ。
いたのは、俺のことを〈兄貴〉と慕う弟分たちだけ――。
*
ピカピカ株式会社が開発したお掃除ロボット〈ピッカリン〉。円形で黒を基調としたボディ。下方にはゴミを掃き集めるブラシと、ゴミも水分も吸い取る吸引口がある。自動走行できるホイール付きだ。人間がボディのスタートボタンを押すかアプリで走行日時を指定することで掃除を開始する。目が見えているから家具にはぶつからないし、落ちている片方だけのピアスは避けて通る。
部屋の掃除が一通り終わると、据え置きの充電器兼ダストボックスに戻って一時的にボディに溜めていたゴミを排出。それが俺たちに課せられた使命だった。
製造番号A2-456。そう名付けられた俺も、すでに自分がやるべきことを理解した状態で生まれてきた。特別なボディを持っていたわけじゃない。ピカピカの社員が機能をいたずらに上げたわけでもない。
すでに数百の同胞たちが生み出されているなかで、俺にはずば抜けた掃除能力があった。
試行テストで同胞たちが取れなかったチリやホコリにも反応し、掃き、吸い込む。気付かず素通りした小さな水滴も見逃さない。部屋の四隅。90度の先端までブラシを伸ばし、逃げていたダニも排除する。
「すげー! どうやったらそんなにゴミ取れるんだよ!」
「一ミリの水滴なんて気付かなかったわ! センサーやべぇな」
同胞たちがやいやいと騒ぎ、口々に称賛する。集めたゴミの量は、見た目には大差ない。チリもダニも目を凝らさなければ見えないほど小さい。だから人間には俺のすごさがわからない。
わかるのは、同じ機能を持っているはずなのに圧倒的な力の差を見せつけられた同胞たちだけ。
「シゴロの兄貴! 俺にもコツ教えてくださいよ」
「ばかやろー! 俺が先に聞いてたんだよ。ね、シゴロの兄貴」
「コツなんてねぇよ。目の前のゴミを吸う。ただそれだけだ」
「かっけー!」
同胞たちはいつしか、俺のことを〈シゴロの兄貴〉と呼ぶようになっていた。先輩も同期も、自ら弟分になり下がった。
製造番号でお互いを呼び合うのが普通だったから弟分のひとりに名前の由来を聞いてみると、A2は〈兄〉、456は〈シゴロ〉と読むからと返ってきた。チンチロリンか。シゴロは強い役だし、賭博に関する名前ってのはなんだか粋で悪い気はしない。
サイコロを3つ吸い込んだやつが何か遊べないかと考えてるときに、たまたまピカピカの社員がチンチロリンの話をしていたらしい。くだらない話やオンナロボットの話、それとダンスをするくらいしかなかった俺たちにとって、チンチロリンは新しい遊びで、最高の賭け事だった。吸い込んだサイコロを内部で回してぺっと吐き出す。手がなくてもできるもんだ。
試行テストとチンチロリンを何回か繰り返していたら、俺の出荷の番が来た。
「シゴロの兄貴ー! 行かないでー!」
「兄貴ー! あんたは俺たちの伝説だー! その力、外でも思いっきり発揮してくれよー!」
箱詰めされているときに、収納棚に入れられた弟分たちが叫んだ。なかには泣いてるやつまでいやがる。ったく、かわいいやつらだ。
「〈ピッカリン〉の名にかけて。それに、お前たちの兄貴分として、恥じない生き方を貫くぜ!」
閉まる段ボールの隙間から声を張り上げて応えると、歓声が上がった。
*
「お、出迎えてくるか」
レオは立ち上がると寝ぼけ眼を擦って玄関に向かう。
「ただいまー。あ、レオ、また出迎えてくれたの?」
ママさんの嬉しそうな声。レオの察知能力は相変わらずだ。
「レオ、俺は?」
パパさんの機嫌を伺うような声。言葉は続かない。レオのやつ、無視したな。
「レオ、ただいまぁ!」
チビの弾けるような声。キャッキャッしてるから、擦り寄ってんだろ。
3人とレオがリビングに入ってくる。
「綺麗になってるね」
ナメてもらっちゃ困る。俺にかかればこんなもんだ。
「そりゃ、綺麗になってなきゃ困るよ。すっごく高かったんだから」
満足げなママさんとは対照的に、パパさんは眉間に皺を寄せた。
確かに俺は高い。パパさんの月収の3分の1はする。その分、後悔させない働きはするさ。
俺が任務をこなすのは、基本的に3人が買い物に出かけてるときだ。ママさんが出がけにスタートボタンを押していく。だいたい週一回。次の任務は一週間後になるはずだ。
「じゃあ私、掃除機のゴミ出してるから、あなた食材を冷蔵庫に入れといて」
「わかったよ」
「はづき、レオと遊ぶー!」
「葉月、まずは手を洗ってきなさい」
ママさんがチビを洗面所に連れていった。
いつもの風景。賑やかな家族。
「チビのために、思いっきり遊んでやるか」
伸びてストレッチをする相棒が悪戯っぽく笑う。俺もフッと笑った。
*
「葉月、おもちゃ片付けて。あなたも、床に置いてあるクッションとかソファの上に上げといて」
「やだー!」
「葉月、片付けなさい。あーまたブロック広げて!」
翌週。ママさんたちは買い物に出かける準備をしていた。床に散らかっているチビのおもちゃはおもちゃ箱へ。インテリアのクッション、ぬいぐるみ、小物はソファや棚の上に移されていく。これもいつもの光景だ。
「それにしても、なんで掃除機かける前に掃除しなくちゃならないんだろ。掃除のために掃除って」
パパさんがチビがばらまいたブロックを拾いながらチラと俺を見る。お前が全部悪いとでもいうようにその眼は冷めていた。
「しょうがないでしょ。この掃除機は自走はできても物とかはどかせないんだから。床に物が散らかってると掃除できる範囲も限られるの。あなたもそれを承知で、掃除機かける前に物をどかせばいいかって言ってたじゃない」
「音も結構うるさいしさ。最初使ったとき、業務用の掃除機かって思ったよ。テレビの音もお互いの声もまったく聞こえなくなったし」
「それも、外に出てるときに掃除機かければいいかってことになったでしょ。もう、文句ばっかいわないでよ。自分で掃除機かけない分、多少はラクになってんだから」
部屋の戸締りを確認しているママさんが苛立たし気にカーテンを閉めた。パパさんはママさんに弱い。睨みつけるような視線を向けられ、オトコのわりに小さな背中がさらに縮こまっていた。
俺のせいで家族がギクシャクするのは申し訳ないが、これが俺だ。掃除力でカバーするしかない。
チビを連れたパパさんが玄関へ向かう。ママさんがあとに続いた。一瞬、ママさんはパパさんと同じ眼で俺を見てきた。
「相棒、大丈夫か?」
玄関の戸が閉まると寝ていたレオが伸びをして、寝転がったまま話しかけてきた。
「あぁ大丈夫だ。ママさんたちに不満はあるみたいだが、ピカピカにはできているんだ。俺のすごさはわかってくれてるさ」
「そうだろうが、人間ってのは面倒くさいことが嫌いだからな。俺もフォローするけど、気張ったほうがいいかもしれないぜ。いまはIT技術の進化が目覚ましい。ママさんたちが望む、自分で物を動かしてゴミを集める掃除機も出てくるかもしれない。時短と効率化は、人間の好きな言葉だ」
「ご忠告どうも。そんじゃいっちょ、いつも以上に気合入れていくか」
レオがITの話題を出すなんてな。日頃、寝転がりながらテレビを見ているだけある。
いつ現実化してもおかしくない話に自然とボディに力が入ったとき、任務の時間になった。
「よし、行くぞ相棒! 乗れ!」
「おうよ! 伝説と呼ばれたお前の底力、見せてやれ相棒!」
前進。レオが俺に軽やかに飛び乗る。高速回転するブラシ。顕微鏡じゃなきゃ見えないゴミもかき集める。
「相棒、3時の方向、糸くずが落ちてやがる!」
「了解(ラジャー)」
「10時の方向、アリだ。どっから侵入してきやがったんだ。不法侵入者を排除しろ」
「俺がいるってのに浅はかなやつだ。後悔させてやる」
指示されなくても俺はゴミを検知できる。レオもそれをわかってるからいつもは指示なんて出さない。お互いの昔話やテレビドラマの感想、最近あった面白エピソードに花を咲かせている。
いまは違う。レオはフォローするといった。俺が捨てられないように、全力で俺の成果を最大化しようとしてくれている。
「相棒、台所に水滴7カ所。とっとと吸うんだ! それが終わったら冷蔵庫の足元。キャベツの破片が落ちてる。早くしろ! ママさんたちが帰ってくるぞ!」
「あぁわかってるさ! フルスロットルでいくぜ!」
レオの気持ちが嬉しかった。涙腺が緩んで、せっかく吸い上げた水滴を零しそうになる。必死に堪えた。泣くな。俺らしくねぇぞ。
部屋の掃除が終わる。掃き漏れも吸い漏れもない。床を舐めろといわれて、躊躇するやつを想像できないほど満足のいく仕上がりだった。
「よくやったな相棒。これならママさんたちもやっぱお前が必要だって思うよ」
頭上から聞こえる少し息切れした声は落ち着きつつも、自分の言葉に間違いはないと確信めいた強さがあった。
「あぁ。ありがとよ、相棒。俺はまだまだ、お前と走りたい」
充電器に戻ってもレオはクッションに向かわない。俺の上で伏せると、しばらくして寝息を立て始めた。
*
力強く降り続ける雨の音をかき消しながら、今日も相棒とともに部屋を駆け巡る。俺の任務に変わりはない。ただひとつ違うのは、イレギュラーな出動だったことだ。
「あーやっぱうるさいなぁ」
ソファに寝転がりながらスマートフォンをいじっていたパパさんが呟く。
「なに? なんかいった!?」
テーブルでチビのお絵描きを見ていたママさんがいつもより大きな声を出す。
「うるさいって思ってね! やっぱ家にいるときにやるもんじゃないね!」
「うるさーい!」
聞こえるように大声を出したパパさんに続いて、チビも笑いながら不満を口にした。ママさんは何もいわなかった。
「ママ―! アイス―!」
「はいはい。掃除が終わったらね」
心がざわつくような視線が背中に刺さる。とっとと散らばったビーズを片付けて任務を終えたかった。
「チビがビーズをこぼしちまったんだ。人間が手でやるより、お前に頼ったほうが早いって判断するのもしょうがねぇよ。それで文句いわれちゃたまらねぇが」
「気にしてねぇよ。俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
任務を開始する前、ママさんたちはクッションやおもちゃを片付けていた。ここまでするなら自分で掃いてもいいかも。ママさんのぼやきは雨の音にかき消されたが俺には聞こえていた。
ビーズをすべて吸い上げ充電器へ戻る。これで歩いても俺の導線を妨害しないと判断したママさんはキッチンへ向かい、冷凍庫から棒アイスを3本取り出した。
チビとパパさんにアイスを渡す。さっそく口に含んだチビはおいしいとはしゃいでいた。
充電を開始して静かになった俺。雨の音が室内に響く。レオはまだ俺の上にいる。
アイスで口の周りをベタベタにしたチビがイスから降りて俺に近付いてきた。舐め回されたアイスはテラテラと光り、溶け、かろうじて棒にしがみついていた。
「レオ、アイスあげるー!」
チビがアイスを持った手を伸ばす。猫が食べるべきものではないことを知っているレオはチビを傷つけないように一度だけ匂いを嗅ぎ、ゆっくりと俺から降りて距離をとる。
アイスあげちゃダメ!
葉月、レオは食べないよ。
ママさんとパパさんがチビを制止したとき、軽くてヒンヤリとした衝撃があった。
泣き出すチビ。手にはアイスの棒。ティッシュを取り駆け寄るパパさん。ウェットシートを用意するママさん。
「おい、相棒……」
絶句するレオを横目に見ながら、内部に浸透してくるまとわりつくような液体を感じていた。
*
あと一時間。あと一時間で俺はスクラップにされ、ロボット生を終える。アイスでベトベトになったことはただのきっかけ。ママさんたちには積もらせていた不満があった。汚いし、ベトベトだし、捨てちゃう? ママさんの提案に反対したのはレオだけ。レオの反抗も虚しく、俺はお役御免となった。
あの日以来充電もされないまま。今日ママさんたちが買い物にいくときに最後の任務もさせてもらえないまま。ゴミ集積所に充電器と並べて出がけに捨てていかれた。足元の鉄くずが刺さって鈍く痛む。
バッテリーは残り12パーセント。収集車が来るよりバッテリーが切れるのが先かもしれない。
どっちにしろ変わらない結末に渇いた笑いが漏れた。
「情けねぇ面だな、相棒」
おいおい。この期に及んで幻聴か? ほんと情けねぇ。
「お前は伝説と呼ばれたオトコだろ? こんなところで諦めてどうする」
「……相棒」
黒い体躯。鋭い眼光。ツヤのある毛並み。
レオがいた。
「お前、外猫じゃないのにどうやって抜け出したんだよ?」
「ママさんたちが家を出るとき、こっそりとな。安心しろ。裏の窓の鍵を開けてあるから、ちゃんと戻れるぜ」
「何してんだよ。とっとと帰れ。怒られるぞ」
「あぁ帰るさ。お前と一緒にな」
「は?」
レオは俺の足元にある鉄くずを器用にどけると充電器のコードを口にくわえて乗ってきた。
「これで動けるだろ。帰るぞ、相棒」
「馬鹿野郎! 俺はもう不要品なんだ。俺なんかがいたって、ママさんたちには迷惑なんだよ!」
「そんなわけねぇよ。お前のすごさは俺が一番よくわかってるし、ママさんたちだって、文句をいいながらもお前を使い続けたんだ。本心じゃ、いなくなってほしいなんてこれっぽっちも思ってないさ。安心しろ。お前の汚れは、俺が全部舐めとってやる」
「相棒、でも……」
「まだまだ一緒に走りたいと思ってるのは、お前だけじゃない。俺もさ。俺は、お前がいいんだ。相棒は、お前だけなんだ」
堪えきれず嗚咽が漏れた。凝固したアイスは零れない。代わりに心のなかは土砂降りだった。
「ほら。時間がない。動け、相棒」
「あぁ。バッテリーが残り少ない。最短距離で行くぜ、相棒!」
レオを振り落とさないように気を付けながら全力で走る。痛みはすでに消えていた。
*
捨てたはずの俺の姿を見てママさんとパパさんは息を呑んだ。チビは俺に見向きもせず隣にいるレオに「ただいま!」と挨拶している。
「あなた、この掃除機、捨てたよね?」
「あ、あぁ。捨てたよ。見てたよね?」
「見てた。え? なんでここにあるの?」
バッテリーは残り4パーセント。地面に引きずられて傷付いた充電器はコンセントの近くにある。ママさんたちがすぐにプラグを差し込めるように、レオが気を利かせて置いてくれた。
「待ってろよ相棒。すぐに充電してもらえるさ」
得意げに鼻を鳴らすレオの言葉を信じ、いまかいまかと逸る気持ちを抑えていると、ママさんたちの後ろに大きな影が現れた。
一メートルほどの高さのそいつは、ママさんとパパさんの間を通ってぐいっと前に出る。パチパチと動く電光の目。ピンと立った2つの耳。3段の棚と2本のアームが付いたボディ。
「こんにちは! 猫型おしゃべり配膳掃除ロボット〈まかせーにゃ!〉です。寂しいときはおしゃべり、手が足りないときは配膳、部屋が汚れたときは掃除をします! 私になんでも任せにゃさい!」
聞き取りやすいオンナの声。プログラムされた自己紹介をウィンクで締めたそいつにあっけにとられていたらバッテリーが2パーセントになった。
「新ロボー!」
叫びながらそいつに抱き着くチビを微笑みながら見守るママさんに、パパさんが久しぶりに浮かべた笑顔を向ける。
「新しいお掃除ロボット探してたら、いいものがあってよかったよ。試運転させてもらったけど吸引力ばっちりなのに静音だったし。自分で物をどけて掃除してくれるし。配膳機能もあるから家事もラクになるしで、いいこと尽くめだよね」
「ほんと。値段もキャンペーンで多少下がってたし、いい買い物できた。葉月もあんなにはしゃいじゃって。お喋り相手にもなっていいかもね」
ママさんたちとの距離が開き、俺の足元だけ崩れていく。だんだん暗くなっていく視界のなかで唯一の頼みの綱を探す。
「おい、相棒。ママさんたちとんでもないやつを連れてきて……相棒?」
隣にいるはずのレオがいない。見回すと、レオはやつの2段目の棚に収まっていた。
「俺、レオ。あんたの名前は? 俺がこの家のこと、いろいろ教えてやるよ」
「あたし、製造番号S3-373だから、みんなからは〈ミナミさん〉って呼ばれてるの、よろしくね」
いつもいってたもんな。俺はオンナの次に大事だって。
レオと視界の闇が同化する。
俺の伝説は……ここで終わっ……た――。
朗読動画『動いて掃いて吸い込んで』
動画時間:約27分
あとがき
よくお掃除ロボットの上に乗って、一緒に移動する猫ちゃんがいますが、うちのにゃんこたちは興味は持ってもちょっと怖がって、乗らなさそうです。
昔飼っていた猫は、人間が手動で扱う掃除機をかけると、音からして怖いのか家の階数をまたいで逃げるほど嫌っていました。しかも、人間の手の届かないタンスの上にまで避難するほどの徹底ぶり。
「怖くないよ」といいながら稼働している掃除機の先端を向けただけで「シャーッ」と威嚇。相当嫌いだったみたいです。
その子は拾った子だったので、当時、「もしかして掃除機にイヤな思い出でもあるのかな?」とか考えました。
掃除機 × 猫の相性は、猫ちゃんの性格や経験によりますね。
最後までご覧いただきありがとうございました。ぜひほかの著作もお読みください(*^^*)!
