こんにちは、松波慶次です。
奇妙×サスペンスの短編『カラスの色は?』です。
朗読動画も一緒に載せているので、動画で物語を楽しみたい方はそちらをご覧ください!
あらすじ
茂野はいわゆるパワハラ上司だった。
今日も部下を理不尽な目に遭わせ、いい気持ちになっていると、目の前に降り立ったのは白いカラス。
「なんで、カラスが白いんだ?」
そこから、茂野に奇妙な出来事が次々と起こりーー。
小説『カラスの色は?』
文字数:約3700文字
茂野巧は怒っていた。
使えない部下、気の利かない部下、目障りな部下に対して、沸々と腸(はらわた)を煮えたぎらせる。
「茂野部長、できました!」
遠藤が分厚い資料を持って茂野のデスクに向かう。
茂野は分厚い黒縁眼鏡をかけ直し、緊張した面持ちの遠藤から資料を奪い取る。
遠藤司は、今年で新卒二年目の若手社員だが、仕事の覚えが早く、同僚との関係も良好である。
だが、茂野にとってはそれが面白くなかった。部下は使えない奴の方がいい。そうでないと、ストレスを発散する捌け口にならないから。仕事ができなければ、怒りやすいから。
遠藤の作った資料はとても分かりやすくまとめられていた。茂野は粗を探す。なんでもいい、この部下を怒鳴れる理由が見つかれば。
「……おい、遠藤。この資料、ここだけインクがすれてるぞ。なんでプリントアウトする前に試し刷りしねーんだよ。お前は馬鹿か?」
「え?」
社内が、不穏な空気に包まれる。茂野と遠藤のやり取りを見守っていた社員たちは、とばっちりを食らわないように空気と同化しようとする。
遠藤は、茂野が示すインクがすれているという箇所を見る。そこには、綺麗に印字された文字があるだけだった。
「茂野部長、これ、すれていますか?」
震える声で、質問をする。茂野に口答えすること自体、御法度な社内で、それは周りにいる社員たちを驚かせた。
「はぁ? お前これが見えねーの? 眼科行けよ馬鹿が。お前にどう見えるかじゃないの。俺にどう見えるかなの。これはすれている。絶対にすれている。作り直せ。インク代が勿体ねーから手書きでな」
「そんな! せっかく完成したのに、しかも手書きでなんて!」
流石の遠藤も声を上げた。だが、茂野はそんな遠藤をじとりと睨むと、待っていましたとばかりに怒鳴り出した。
「お前誰に口聞いてんだ! 俺がやれって言ったらやるんだよ! 俺がカラスは白いって言ったら白なんだよ! 分かったらとっととてめーの席に戻りやがれ!」
茂野が机を力いっぱい叩く。激しい音に、遠藤は肩を跳ねさせ、悔しそうに唇を噛み締めながら、席に戻った。
そして、コピー用紙を取り出し、それに黙々とボールペンを走らせていく。
空気と同化していた社員たちも、遠藤に同情の眼差しを向け、茂野とは、目を合わせないように仕事を進めていった。
(今日もすっきりしたぜ。遠藤のやつ。いまにも泣き出しそうだったな。すげー面白かった)
茂野は定時に上がり、水曜日だというのに意気揚々と居酒屋に繰り出した。
今日の遠藤の顔をつまみに、一杯やりたくなったからだ。
ふと、目の前にカラスが降り立った。それだけのはずだったのに、茂野は我が目を疑う。
(なんで、カラスが白いんだ?)
そのカラスは、白いカラスだった。透き通るような白い羽を広げ、地面を這っていた芋虫を摘み、飲み込む。
その姿をじっと見つめていると、カラスが茂野に向いた。その身体とは裏腹な漆黒の瞳で茂野を捉えると、カーッと一声鳴いて、飛び立っていった。
(なんだったんだ? ありゃ)
疑問に思いながらも、突然変異で白くなった可能性もある。茂野は深く考えぬまま、居酒屋に着くころにはすっかり白いカラスのことなど忘れていた。
「いらっしゃい」
店に入ると、店主が威勢のいい挨拶をしてきた。そのままカウンターに座り、メニューを開く。
すぐに、注文するものは決まった。茂野は空腹を満たすために、逸る気持ちで店主に声を掛ける。 「ビールと、焼き鳥盛り合わせ」
すると、店主は申し訳なさそうに顔を歪ませ、カウンター越しに茂野の前に立った。
「お客さんすみません。焼き鳥なんですけど、今日はないんですよ」
その途端、茂野の腸がまたしても煮えたぎる。
「なんでないんだよ? 店ってのは、客が求めるもんを出すところだろ? 客が食いたいって言ってんだから、用意するのが当たり前だろ!」
使えない店主。使えない店。せっかくいい気分だったのに。
だけど、これはこれで、ストレスの捌け口だ。茂野は、誰かを怒鳴ることができれば満足だった。 店主は数秒考えたあと、そうだ、と呟く。
「少々お待ちください」
そう言うと、外に出ていった。 ビールも出されていないので、茂野はイライラしながら店主を待つ。
しばらくして、店主が戻ってきた。その手には、先ほど見た白いカラスを持っている。背中を鷲掴みにされ、暴れるカラスは、白い羽を辺りに撒き散らしていた。
「お、おいあんた! 動物なんて店の中に連れてくんじゃねーよ!」
茂野は焦った。だが、他の客たちはこの状況に気付いていないのか、談笑をやめない。それどころか、こちらを見向きもしない。
茂野の制止も虚しく、店主はカラスを持ったまま茂野の隣に来ると、いつの間にあったのか、まな板の上に暴れるカラスを押さえ付け、包丁を手に取る。
ガーッ。
カラスが苦しそうに鳴く。そんな状況でも抵抗をやめないカラスは、足や羽根をばたつかせていた。
「お客様の望むものをご用意いたしました。焼き鳥、もう少々お待ちください」
店主はにっこりと笑うと、包丁を振り上げた。そして、茂野が目を背けるよりも早く、包丁はカラスの首を通りすぎ、コツンとまな板に当たる。
鮮血が飛び出し、カラスの首が胴体から離れ、ころんと転がる。
それはそのまま、茂野の足元まで落ちた。小さい頭にそんなに入っているのかと驚くほど零れ出る赤い液体は、茂野の革靴を汚した。漆黒の瞳は、茂野を見ている。
「う、うわあぁ!」
この異常な事態に店を飛び出した。がむしゃらに暗い道を走り、息が上がってきたところで公園に辿り着く。茂野は呼吸を整えるべく、街灯が照らす公園のベンチに座り、ネクタイを緩めた。
「な、なんだってんだありゃ。気持ち悪ぃ」
独り言を呟きながら、スマートフォンを取り出し近場のタクシー会社に電話を掛ける。
衝撃的なものを見せられた精神的な疲れと、走り続けた肉体的な疲れで、茂野の中から歩いて帰る、という選択肢は消えていた。
「あ、もしもし。いまC公園だけど、すぐ来てくれ」
急き込むように話すも、返ってきた言葉は無情なものだった。
「すみません。ただいまタクシーが全て出払っておりまして……」
「ふざけんな! 平日なのになんで一台もないんだよ! どっかから一台、すぐに呼び戻せ! 俺が来いって言ったら来いよ!」
あっという間に沸点に達し、電話越しに怒鳴り散らす。自分の声で相手の声が聞こえなかったから、黙って返事を待っていると電話は切られていた。
「くそっ!」
近所迷惑になるとも考えぬ茂野は、大声で悪態をつき、ベンチから立ち上がり近くにあった小石を蹴った。そのとき、革靴が赤黒く汚れているのを見て、先ほどの情景を思い出す。
(なんなんだよ、さっきからよー。白いカラスだっておかしいのに、それを見てからおかしなことばっかだ)
革靴の汚れが気になって、地面で擦る。少しだが、汚れは目立たなくなった。
そのとき、どこからかクラクションの音が聞こえた。公園の入り口に目をやると、そこにはタクシーが一台停まっている。
(なんだよ、来るなら来るって言えよ。使えないタクシー会社だ)
急いでタクシーに乗り込む。
「〇×区三丁目〇番地まで」
「いいえ、行くのは地獄です」
「は?」
運転手の言葉が理解できず、バックミラー越しに睨む。タクシーは、茂野のことなど気にせずに静かに発進する。
(こいつ、いま地獄に行くって言ったよな? 馬鹿か? どうやら頭のおかしいやつのタクシーに乗っちまったらしい)
「おい、お前からかってんなよ? 早く俺が言ったところに行けよ」
無言。タクシーは、茂野が示した場所とは反対方向に進んでいき、大きな交差点の赤信号で停まる。
「なぁ聞いてんのか? 逆の方向に来てるぞ。日本語理解できないのか? もういいよ。とっとと降ろせ!」
茂野はタクシーから降りようとするが、ドアがロックされていて開かない。窓を平手で殴っても無論、割れることはなく、虚しい音だけが車内に響いた。
「お客さん」
やっと、運転手が口を開いた。 その声が、どこかで聞いたことのある声だと茂野は気付いた。
恐怖が、茂野の中で増長する。荒い息をしたまま運転手を見つめていると、運転手は帽子を取り、茂野を振り返った。
「私が地獄に行くって言ったら、行くんですよ」
遠藤がそこにいた。楽しそうに微笑みながらも、目は笑っていない。
「お、お前! 何ふざけているんだ!」
カーッ。カラスの鳴き声がする。
隣の空いたシートに、白いカラスがいた。胴体から、首の皮一枚で繋がった頭を揺らしながら、ちょこんちょこんと跳ね茂野に近付いてくる。
「カラスは白いと言ったら白いんですよね。 ね? 茂野部長?」
遠藤がアクセルを踏み込む。赤信号を無視したタクシーは、交差点の中心へ突き進んでいく。そして、急ブレーキ。茂野は前のシートに強かに身体をぶつけた。
「ぐっ!」
呻き声が漏れる。そして、窓越しに見えたものは、大型トラックが青信号の道路を全速で走ってくる姿だった。
「うわああああっ!」
茂野の叫びが響いたーー。
翌日のニュースでは、次のように報道された。
歩行者通路をよろよろと歩いていた茂野巧は何を思ったか、突然走り出し、車が行き交う交差点に進入後、大型トラックに轢かれて命を落とした。
終始、その顔は虚ろだったという――。
ー終ー
朗読動画『カラスの色は?』
動画時間:約15分
あとがき
ハラスメントって、どんどん新しい種類が増えてきていますよね。「パワハラ」「セクハラ」が一般的でしたが、近年は「マタハラ」「カスハラ」とか、たくさんあります。
ハラスメント行為はよくないとは思いますが、なんでもかんでも「ハラスメント」に結び付けて「〇〇ハラ」という言葉が生まれるのは、個人的にちょっとどうかなという気がしますが。
それに、「いじめ」と同じで、「ハラスメント」という言葉によって「暴行罪」「傷害罪」などの「犯罪行為である」という自覚や認識も薄れてしまう感じがするんです。
話が逸れましたが、「ハラスメント」=犯罪行為がなくなるといいですね。