作家人生の結末|締め切りに追われる小説家のもとに訪問者が【サスペンス】

こんにちは、松波慶次です。

今回は、ほのぼの×サスペンスの短編『作家人生の結末』です。

小説のほか、朗読動画も載せているので、「文章じゃなくて耳で話を聞きたい!」という方は朗読動画をご視聴ください。

目次

あらすじ

締め切りに焦る小説家のもとに、ある訪問者が。

いまは小説の執筆に集中したい! そう思って居留守を使っていると、室内から物音。

この家には「私」しかいない。まさかーー!?

ほのぼの×サスペンスのショートショート。

小説『作家人生の結末』

文字数:約3000字

原稿用紙と長年愛用しているペンを前に、私は腕を組む。

今回依頼されて書くのは文字数四千文字以内のショートショート。短い文章は得意だが、いまだにいい案が浮かばない。締め切りは今日。

さてどうしたものかと、ひとまず茶を啜る。置いた湯飲みのそばには、陶器の灰皿。

煙草は、数年前に止めた。理由は二つ。一つは、妻から「ガンになっても世話しないからね」と脅され恐怖したから。もう一つは、年齢的にも初老に入っているから。自分の身体を労わる選択をした。

この灰皿ももう使わないから捨ててしまえばいいのだが、なにぶん長年愛用してきた灰皿だから捨てるに惜しい。

腕を組みながら真っ白い原稿用紙を眺める。何か面白いストーリーが文字となって浮かばないかとじっと見つめていても、そのような魔法みたいなこと、起こるはずがない。私の期待は虚しく潰えた。

このままでは座っているだけで締め切りを迎えてしまう。

とりあえずペンを取り原稿用紙に向けてみると、何やら頭の中で蠢くものがあった。

これは、何か面白いストーリーが浮かびそうだ。もう少し、もう少しで形になる……。

「すみませーん」

突然の声。頭の中で蠢いていたものは大人しくなり、萎んでいくのが分かった。

どうやら声の主は玄関にいるようで、続けて玄関の引き戸が開く音が響く。

待て、ダメだ。せっかくあと少しで形になりそうだったのに。集中しろ。ストーリーを生み出すことに集中するのだ。

「すみませーん。誰かいませんかー? 宅配便ですけどー」

ええいっ! 邪魔をするな! 宅配便なら妻が受け取ってくれるだろう……いや、ダメだ。妻はいま買い物に出掛けている。この家にはいま私しかいないのだ。

だが出られない! いま「はーい」と快く返事をして立ち上がれば、きっと私の頭の中で蠢いていたものは鳴りを潜めてしまう。

そうしたら、宅配便を受け取りこの部屋に戻ってきたとき、私はまた一からストーリーを呼び起こさなくてはならなくなる。

あと少しなのだ。ここまできたら、宅配業者には悪いが居留守を使わせてもらおう。

頼む、帰ってくれ。私の執筆の邪魔をするな!

自然と息を潜め、宅配業者が帰るのを待つ。すると、玄関の引き戸が閉まる音が響いた。

ほっと胸を撫で下ろし、再度気持ちを頭の中に向ける。

さぁ、出てこい私のストーリーよ。いまから書くショーショートを、壮絶に面白いものにしてくれ。

頭の中でそれが姿を見せようとしたとき、ふと妙な物音がすることに気が付いた。

何かと何かがすり合わされる音。しかも、何回も。すり合わされるというよりも、何かを出し入れするときに発するような音だ。

この音はもしや、引き出しを出し入れしているのか? 誰が?

それだけでなく、物と物がぶつかり合う賑やかな音も聞こえてくる。まるで何かを探しているようだ。

この家には、いま私しかいない。もし妻が帰ってきたのならば、「ただいま」と私に一言挨拶するだろう。

そのとき、一つの考えに至った。

この音の正体は、もしや、泥棒?

いつの間にか泥棒が家に入り込んだのだ。先程の宅配業者が玄関を簡単に開けられたように、私たち夫婦は家にいる間、鍵をかけない。不用心だから自業自得だと言われればその通りなのだが、いまはそのようなことを思っている場合ではなく、どうにか私が対処しなければならないだろう。

もちろん、生まれてから一度も泥棒と対峙する場面に出くわしたことはない。「あなたはいつも落ち着いているわね」と妻から散々言われた私でさえも、泥棒が家にいると分かった途端身体が震え、どうしていいか分からず狼狽える始末だ。

ひとまず、何か武器になるものを探す。目に入ったのが、陶器の灰皿。私の愛用品だったが、この際仕方ない。相手は武器を持っているかもしれないし、殴れば威力のあるこれを使うしかないだろう。いましがた持っていたペンで対峙するより、ずっと有効的だ。

私は機敏に立ち上がり、部屋のドアに近付く。音を立てないようにそっと開けると、泥棒は些細な空気の振動に気付かなかったようで、物色を続ける音はまだ聞こえる。

音は、どうやら寝室から聞こえるようだ。私は鍛え抜かれた熟練の忍びのごとく音を殺して歩き、寝室まで来た。

開かれたドアから中を覗くと、男が一人、まるで宝探しに夢中になっている子供のように、引き出しを開けては閉め開けては閉めを熱心に繰り返していた。

驚いたのが、その姿。男は宅配業者の制服を着ていた。どうやら、先程の宅配業者は家に誰もいないことを悟り、計画的か突発的かはともかく、泥棒をしようと企んだらしい。

灰皿を持つ手に、汗が滲む。恐怖が私の身体を這いずるが、ここで逃げては妻に申し訳ないし、何より家主としての面目が立たない。

何しているんだと声を掛けるか、もしくは後ろから取り押さえてみるか。だが、相手はまだ若い。私のような初老の男が敵うわけがないだろう。

……待てよ? なぜ私は警察に電話をしなかったのだ? 警察に電話をすれば、屈強な男たちがやつを捕らえてくれるではないか。

電話をするために戻ろう。空気と同化し、ひっそりと電話を掛けることなど造作もない。

浅はかにもいまさら思いついた考えに、ゆっくりと踵を返そうとしたそのとき。

男はやっと私の気配を感じ取ったのか、凄まじい速さで私に顔を向けた。

「あ」

悪戯を見つかった子供のような声を上げたあと、男はその顔を青くし、一目散に私に向かってくる。

いま思えば、寝室からの出口は私がいるドアしかなかったのだから仕方ないのだが、私は咄嗟に「殺される」と思ってしまった。

だから、向かってくる男の頭を持っていた灰皿で思いきり殴った。硬いものと硬いものがぶつかり合う、鈍い音が響く。男がよろめいた。一回だけだとまた迫ってくるのではと恐怖し、二回、三回、四回と何度も殴った。

噴き出した赤いものがあちこちに飛び散り、私の身体や掃除が行き届いている寝室の壁や床を汚していく。

私が手を振り下ろすのを止めたのは、男が力なく倒れ込んでからのことだった。

初老である私にはなかなかきつい運動量だった。息は上がり、肩も激しく上下に動く。

男の顔も着ている制服も赤く染まり、制服に書かれていた会社名もいまではすっかり読めない。

人形のように動かない男の姿を見て、やっと私の思考はある結論に行きついた。

まずい、殺ってしまった。

もう足音を立てても何の問題もないのに、私はひそやかに足を運び、再び原稿用紙とペンの前に座る。

男の血に塗れた灰皿を、すっかり冷めた茶が揺れる湯飲みの横に置くと、ペンを取る。

頭の中で浮かびそうだったものは今度こそ跡形もなく姿を消したが、代わりのストーリーが転がってきた。

いまから書き上げるストーリーは、私の作家人生で最後の作品となるだろう。

そして、この作品を書き上げたら、私は大人しく出頭する。

あぁ、私の作家人生の結末は、なんと滑稽也。

ー終ー

朗読動画『作家人生の結末』

動画時間:約11分

あとがき

「ほのぼの×サスペンス」ってなんだよと思いつつ、作品の説明に使っています笑

殺伐としているわけじゃないけど、ドキドキするし、犯罪まがいだし、でもどこかほのぼのしているしで、「ほのぼの×サスペンス」。

物語って、いろいろな要素が組み合わさるから、ひとつのジャンルに絞るのが難しいときってありますよね。

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