103号室|”食欲が旺盛になる”という噂の事故物件【ホラー短編】

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こんにちは、松波慶次です。

ホラー×ショートストーリー『103号室』の小説と朗読動画を載せています。

朗読動画は前後編にわかれています。ぜひ小説も動画も両方お楽しみください!

目次

あらすじ

フリーターで金のない俺は、好条件で格安物件のアパートを見つけたが、そこは人が2人死んでいる事故物件だった。

住むと「食欲が旺盛になる」という噂もある。

幽霊を信じていなかった俺は、安いに越したことはないからその物件に住むことを決めた。部屋番号は103号室。

しかし、住んでしばらくすると、血を飲みたくなってきてーー。

小説『103号室』

文字数:約5100字

金無しの俺にとって、その物件はとても魅力的だった。

間取りは2LDK、駅から徒歩5分。バイト先のコンビニも徒歩10分で行ける。それでいて家賃は月2万円。なんという格安物件。そんな好条件でただ安いわけがない。もちろん、曰くつきだ。

「事故物件、ですか?」

大学を卒業したものの就職先が決まらず、だからといって地元に帰って職を探す気にもなれなかった俺は、そのまま東京に残ることにした。そうなると、いま住んでいるところは家賃が高く、フリーターとして生活していくにはきつかったから、新しいアパートを探しているときにその物件を見つけた。

「はい、そうなんです」

物件を案内する担当の青木という男は、暑いわけでもないのに浮かんでいる汗をせっせとハンカチで拭きながら、もごもごと言いづらそうに口を開いた。

「一応、そういう物件は伝達義務がありまして。人が2人死んでるんです」
「死因は?」
「外傷を受けたとか、なんとか」

青木はまたしてももごもごと口ごもる。

きっと青木は俺がこの話を蹴ると思ってる。普通、人間が2人死んでる部屋に住みたいなんて思わないだろう。死因なんて細かく聞かされたら、気分を害してこの不動産会社からいますぐにでも出ていかれるかもしれない。不安と心配。そんな感情と戦っているのが、青木の態度を見れば分かる。

「いいです。住みます」
「そうですよね、では、別のお部屋を……って、え?」

やはり俺が蹴ると思っていたようだ。別の部屋のファイルを持ったところで、不思議な言葉でも聞いたかのように目を丸くして固まった。

「その物件でいいです。安いに越したことないし」
「え、あ、ありがとうございます」

安いに越したことはない。心からの言葉だ。例えその部屋で殺人事件が起こっていたとしても、俺は霊を信じていないし、部屋がきちんとクリーニングされているなら問題はない。

いまは就職することを最優先に。金のことまで心配したくない。

「で、では、こちらが契約書になります」

青木は汗を拭うことをやめないまま、契約書を取り出して説明を始めた。ほかの賃貸契約と同じような内容だ。

ただ、最後にまたしても言いづらそうにしながら、神妙な顔を浮かべた。

「それと、先ほども言いましたように、こちらは事故物件になります。2人、人が死んで、それ以来こちらに住まわれる方は、2週間以内に退去されています。なんでも、この物件に住んでいると、『食欲が旺盛になる』という噂がございまして」
「なんですかそれ? 面白い噂じゃないですか。別に、その2人が死んでからは誰も死んでないんでしょ?」
「はい、そうなんですが……その噂の真相も、正直よく分からなくて……」
「ふーん」

食欲が旺盛になる。食べ過ぎる。太っちゃうとか? そんなことでこんな好物件、退去するかな? まぁいい。入居した人が立て続けに死んでるわけじゃないなら、それこそ安心だ。

契約書に印鑑を押し、翌日早速、引っ越し作業を開始した。

*

「蒼、お前いい部屋に住んだなー」

大学からの友達で、同じフリーター仲間の日野陽次が、部屋でごろごろとくつろぎながら羨ましそうに言った。

「いいだろ? お前の住んでるところなんて、狭いくせに家賃高いからな」
「しょうがねぇだろ。あんな物件しかなかったんだから」

事故物件に引っ越してきて早3日が経過していた。青木の物件案内を聞いているときは家賃のことばかり気にしていたから、引っ越し当日に部屋が103号室だと知った。2階建てのアパートで、1階と2階に3部屋ずつある。その1階の一番端に位置する。

いまのところ、何も起きていない。そもそも、何かが起きると青木から聞いていないから、当然だけど。食欲もいままでと変わりない。

「でもよ、ここ事故物件なんだろ? 大丈夫か?」

陽次が起き上がりながら部屋の中をきょろきょろと見回す。笑顔に少し影がかかったから、心配してくれているらしい。

「大丈夫だろ。何も起きてないし。それに、ここに住んだら死ぬってわけじゃなさそうだし。なんなら陽次もここに住むか?」
「勘弁。俺は霊を信じてるんでな。お前がいるから安心だけど、一人じゃ絶対にここにいたくない」

けらけらと笑いながら、バイトの時間になったのか、立ち上がって玄関に向かう。

靴を履きながら振り返った。

「『食欲が旺盛になる』、だっけ? 腹が減ったら言えよ。コンビニ弁当くらい買ってきてやる」
「ありがとさん」

陽次は手を上げながら外に出ていった。

一人、部屋に残される。陽次には、この物件で人が死んだことも、妙な噂のことも話してある。怖いからじゃない。安さを自慢したいのと、面白いと思ったから。

さて、夕飯時だし、飯でも作るか。

そこらへんの男と違って、俺は自炊を心掛けている。いまどき料理のできない男はダサいし、彼女ができたときにすごいね、と感心してもらいたい。

冷蔵庫から鶏もも肉を取り出す。今夜は親子丼にするかな。もも肉をまな板の上に置き、包丁を手に持つ。肉を何等分かに切り分ける。

続いて玉ねぎを切りながら、じゃがいもの味噌汁も作ろうと思った。

じゃがいもを取り出すと、ピーラーでじゃがいもの皮を剥く。

指に小さな痛みが走った。親指を見ると、誤って切ってしまったのか、皮が剥けぷっくりと血が湧き上がってくる。

「あー、くそっ」

悪態をつきながら、蛇口を捻り水で洗い流そうとした。出っ放しの水に指をつけようとしたとき、その血を無性に舐めたくなった。

捻った蛇口を戻すことなく、親指に丸く乗っかる血溜まりを舌で掬い上げた。鉄の味が広がる。不快ではない。そのまま指にしゃぶりつき、吸えるだけ血を吸った。すぐに血は止まり、口内は唾液だけになった。

「……何してんだ、俺」

指を口から出し、今度こそ水で洗い流す。そのまま料理を続行した。

*

2日後。バイト先のコンビニで、昼休憩に入っていた。同じく休憩に入った大学生の女の子が、斜め前の席に座りながらスマートフォンをいじっている。

おにぎりを食べながら、何の気なしにその指を見つめる。指にはマニキュアがしてあって、かわいいお花が咲いていた。

細くて、長い、きれいな指。骨にくっついた少ない肉を頑張って食らい取るのも、楽しいかもしれない。

爪は、鳥の軟骨みたいで美味しそうだ。小さいから、食べやすいかもしれない。

だったら、お腹の肉なんて堪らないだろう。ほどよく脂肪がのっていて炙って切り取ったら、美味そうな肉汁が滴り落ちるーー。

「有馬さーん、何見てるんですかー?」

女の子が口を尖らせて咎めてきた。

「あ、ごめん。なんでもないよ」

慌てて目を逸らした。

もしかして、俺はずっと見ていたのか? それは不審がられて当然だ。しかも、いまこの子を見て何を考えていた? 何か、危ないことを考えていたような。

分からない。思い出せない。ただ、目の前にあるおにぎりを見ても、美味しそうだと感じられなかった。

*

事故物件に住み始めて一週間が経過した。

異変は特にない。

時々、無性に飲みたくなって、指先をハサミで切って血を垂らす。舐めるととても美味しくて、一日に何度も切ってしまうこともあった。

同じ指だと痛いから、指は変える。十本全ての指先を切り終わると、第二関節、第三関節と場所を変える。

剣山に手の平を押さえ付けたときは、ぶくぶくと血溜まりが湧き上がって面白かった。舐める。鉄の味。美味しい。

もっと舐めたくて、手首を包丁で切ってみた。指や手の平から出る量とは比べ物にならないくらい血が出てきた。貪るように舐める。

血が止まると、傷口に包帯を巻く。リストカットしたと思われたくないから。精神を病んで手首を切ったんじゃない。ただ、血を飲むためだけにしたんだから、そいつらと一緒にしないで欲しい。

「おい、蒼。どうしたよ、その手首?」
「え? あぁ、これね。ちょっとぶっちゃって、青痣が恥ずかしいからさ、巻いてんの」

部屋に遊びに来た陽次の視線は、手首から俺の指先に向かう。

「蒼、その指の切り傷は?」
「あぁ、料理で失敗して。めっちゃ切っちゃった」

不審な目が俺を貫く。その眼球が、電灯の光を湛えてすごくきれいだった。噛むとぷちんと潰れる弾力のあるゼリーのようで、だけど黒目の中のレンズの部分はよく噛まないと喉に詰まらせる恐れがある。いままで味わったことのない食感だろう。

「……飯、ちゃんと食ってるか?」
「うん、食べてるよ」

血。俺の血。米も、野菜も、美味しく感じられなくなった。料理をしても、排せつ物を混ぜ合わせているだけのようで、気持ちが悪くなる。だから食べていない。肉はかろうじて食えるけど、血を飲んでいる方が格段に空腹を満たせた。

「嘘つくな。蒼、一回鏡見てみろ。お前すごく痩せたぞ」
「そんなことないよ。いつもお腹いっぱいまで食べてるよ」
「ほら、これ!」

陽次が何かが入った袋を俺の胸に押し付けてきた。中を見ると、コンビニ弁当があった。

「食え。なんなら、お前が食い終わるまで一緒にいる」

弁当を見つめる。気持ち悪い。これに俺の血をかければまだ食えるかもしれないけど、このまま食うなんて無理だ。絶対吐く。

「陽次、ありがとう。でも、これはあとで食べる」

抵抗する陽次を無理やり玄関の外へ押しやる。

「おい、蒼!」
「じゃあね」

陽次の悲痛な叫びを聞きながらドアを閉めた。

そのまま弁当をゴミ箱に捨てようとしたとき、腕に盛り上がった肉が気になった。

この肉をそぎ落として、焼いて食えば美味い気がする。

なんなら、指を切り落として、串に刺したらどうだろう? 焼き鳥ならぬ焼き指、骨まで食えそうだ。

弁当をゴミ箱に捨て、包丁を手に持つ。

そのままテーブルに右腕を置き、盛り上がった肉の部分に包丁を突き立てた。だけど突き立てたのは失敗だった。肉に刺さっただけで、そぎ落とすことはできない。包丁を抜くと、血が溢れ出てきて、勿体ないから舌で舐め取る。それでもとめどなく血は溢れ出てくるから、腕の下に皿を置いた。皿がみるみるうちに血でいっぱいになっていく。

今度は腕の肉に横から包丁を入れる。ノコギリのように押すことと引くことを繰り返す。少しずつだけど肉をそぐことができた。

腕を皿に乗せているから、どうも皿がガタガタ鳴ってバランスを取りづらい。

3センチほど進んだところで、やはり指を切ることにした。指なら、包丁を突き立てれば簡単に切り落とせそうだ。

力の入らない右腕に、無理やり力を込めて指先を広げる。

まずは、人差し指。包丁を振り上げる。

振り下ろそうとした途端、誰かに腕を掴まれた。

振り返ると、陽次が苦しそうな顔をして立っていた。

「陽次……」
「蒼、お前、泣いてまでこんなことしたいのかよ」

言われて気付いた。俺の頬を伝うもの。幾筋も流れる涙の温度を感じた。同時に、右腕に激痛が走る。腕の肉が3センチほど切られている。幸い、切り取られてはいなかった。

左手に持つ包丁を放り捨てる。血の溜まった皿を払いのけ、床に皿の破片と血が飛び散った。

「陽次、俺、何して……?」
「とりあえず、病院行くぞ」

陽次のおかげで助かった。すぐに病院に行き、適切な処置をしてもらったおかげで、傷は残ったけど腕は無事だった。

俺が普通に病院食を食べるのを見て、陽次は驚いていた。よく分からないけど、俺は全く飯を食べていなかったらしい。どおりで、鏡で自分の姿を確認したときにげっそりと痩せていたわけだ。

しかも、なぜか手首も指も手の平も、気持ち悪いぐらいに傷だらけになっている。

*

事故物件に住んでから、2週間。正直、その間のことはあまり覚えていない。

ただ、無性に食欲が湧いたことは覚えている。何に対してか。それは、陽次が俺を助けてくれた日のことを思えば、容易に想像がつく。

俺は引っ越しを決意した。

*

後日、あの部屋で起きた事件を調べてみると、恐ろしい事実が判明した。

青木は、2人、人が死んでいると言っていた。それは正しい。男と女の、2人。

でも、その2人は夫婦でも同棲相手でもなく、男が見知らぬ女を部屋に監禁し、毎日女の肉をそぎ、それを食べて生活していたという。動脈を切って、血も飲んでいたらしい。

生きたまま食べられ続けた女は、いつ絶命したのだろう。

男は女の肉を食いつくしたところで、自身を食べ始める。味が気になったのだろうか?

指から食い始め、最終的には、腹を裂いて腸をラーメンのように吸い上げて食べている姿で、死体となり発見された。

103号室には死んだ男の、人体に対する熱烈な食欲の念が、蔓延っているのだろうか……?

朗読動画『103号室』

朗読動画は、前編と後編にわかれています。

ぜひ前編からご覧ください!

前編

動画時間:約9分

後編

動画時間:約8分

あとがき

怖い話は好きだけど、リアルホラーは嫌です。だから、アパートなどの部屋を借りるときには、必ず「事故物件じゃないですよね?」と確認しています。

いままでそういう物件にあたったことはないですし、そもそも心霊体験といえることも、ほんとーにちょっとしたことならありますが、心霊番組とかで取り上げられるほどの体験はありません。別に心霊体験して怖い思いをしたいわけじゃないので、幸いなことですけど。

ときどき、事故物件でも全然OKみたいな方がいますけど、すごいなって思います……。

最後までご覧いただきありがとうございました! ぜひ著書やほかの小説もご覧ください(^^)!

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