【疾走】罪、差別、暴力、性、孤独……この世の影の部分を詰め込んだ一冊

こんにちは、松波慶次です。

インパクトのある表紙を失礼します。
このたびご紹介するのは、重いヒューマンドラマ『疾走』です。

以下ネタバレ注意です!

タイトル:疾走
著者:重松清

あらすじ

シュウジは、海に近い「浜」の家の子だった。そこには、干拓地もあり「沖」と呼ばれる家の子たちも住んでいて、差別がある町だった。

高校生になり落ちぶれたシュウジの兄・シュウイチは放火の罪で逮捕され、それを機に一家は離散。放火犯が出た家、という重圧に耐えきれず父親は家から逃げ、母親はギャンブルに溺れる。

シュウジは「ひとり」になり、同じく「ひとり」で東京に引っ越した同級生、エリを追い中学卒業を待たずに家を出る。

途中、幼い頃に知り合ったヤクザの情婦・アカネに会うために大阪を訪ねると、そこでアカネの旦那でありヤクザの新田に目をつけられ、過激な性と暴力の混沌に陥る。

ついにシュウジは紐を手にとり、新田の首に巻き付けーー。

感想

幼き頃から差別を感じ、シュウイチが犯罪者になった途端その差別が刃となって肌に食い込む。

シュウイチの落ちぶれに何も言わない父親と母親。面倒ごとを嫌い、ある意味でシュウイチを信じすぎた優しい両親。

いや、決して優しくなんかない。叱るのが親であり、道を正すのも親である。

シュウイチの両親は、逃げていただけだ。昔のシュウイチに。勉強ができて良い子だったシュウイチに。

それが、放火という事件を招いた。

しかし、果たして両親だけのせいだったのか?

この町には、差別が蔓延っていた。親が、教師が、町の大人たち全員が、無意識な差別をし、それを子供達は感じ取り、無意識に覚えていっただけだ。

正そうとする大人がいなかった。どの大人も、心が歪んでいた。

たまたまシュウジの家族が壊れただけで、どの家族にもありえる話だった。

歪んだ町は、いずれは沈む。地中深くに、埋もれていく。

その場合、助かるのは町にあった唯一の教会だけだったのではないか。

弟が人殺しの、神父のいる教会。

何事も許し、受け入れていた神父。神父のような大人がもっと多ければ、子供たちの生活も、未来も変わったのかもしれない。

……果たして、そうだっただろうか? この町はすでに出来上がっていた。差別による歪みが。その根は深く、太い。

リゾート観光地「ゆめみらい」が出来上がっていたら、もう少しくらい笑顔が増えたかもしれない。

「ひとり」のシュウジは、同じく「ひとり」のエリと「ひとり」を分かり合う。

エリの親は心中した。エリは、生きているイマ、死にたがっていた。

シュウジは「殺して」と頼まれても、殺さない。東京でエリに会ったシュウジは、故郷の歪んだ町に帰る。

そこには、誰もいなくなった損壊しているシュウジの家と、人を2人殺したシュウジを追う警察の姿があった。

シュウジは、故郷を出る前に神父に言われていた。

夏に、ヒマワリが咲く、と。

ヒマワリを見ることなく、シュウジは死ぬ。警察の放った銃弾に撃たれて。

そして、エリは生きる。アカネが産んだシュウジの子・望とともに、人生を駆け抜ける。

「ひとり」だったシュウジと、「ひとり」だったエリのそばには、神父も、アカネも、望も、ヒマワリも、あった。

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